管理者:金原瑞人
The Kite Rider
【概要】
中国の「元」の時代、海辺の小さな村で育った12歳の少年ハオヨウは、曲芸団の凧乗りとしてフビライ・ハンのもとへ向かっていた。それは、父親を殺した男から逃れるためでもあり、団長のある目的のためでもあった……。
儒教を重んじる家庭に育ち、家長に服従して生きてきた少年が、自分の意志で道を切り開いていくまでの物語。ヤングアダルト向けフィクション。
【書誌データ】
タイトル:The Kite Rider
出 版 社:Oxford University Press(2001年)ISBN:0 19 271860 6
ページ数:ペーパーバック 212ページ
【作者紹介】
Geraldine McCaughrean(ジェラルディン・マコーリアン):1951年、イギリス生まれ。ロンドンの出版社勤務を経て作家となる。”A Pack of Lies”(邦訳『不思議を売る男』/偕成社)でカーネギー賞を受賞した他、ウィットブレッド賞、ガーディアン賞、スマーティーズ賞など、数々の児童文学賞に輝いている。これまでに出版した作品は約100冊にのぼる。
【主な登場人物】
ハオヨウ … 主人公。12歳の少年。
ミーポン … ハオヨウの親戚の娘。霊媒師。
ミャオ … 曲芸団の団長。
ペイ … ハオヨウの父親。船乗り。
チンアン … ハオヨウの母親。
ボウ … ハオヨウの大おじ。家長。
チョウ … 一等航海士。ペイを殺した男。
【あらすじ】
その日ハオヨウは、船出を目前に控えた甲板員の父親に、生まれて初めて船内を案内してもらっていた。大きな錨や質素な寝室を見せてもらいながら、自分もいつか船乗りになるのだと目を輝かせていた。
船は、中国を支配しているモンゴル皇帝、フビライ・ハンの機嫌をとるため、その妻と同じ名に変えられたばかりだった。新しい板で覆われ、ひとまわり大きくなった船を見て、父親は「皇帝〈ハン〉の奥方が菓子を食べすぎたみたいだな」と言って笑った。
そのとき、背後から「生意気なやつめ」という声が聞こえた。一等航海士のチョウだった。チョウは、何を思ったか、開け放たれていた昇降口にいきなりハオヨウの父親を突き落とし、ハオヨウを船外へつまみ出した。
ハオヨウが母親に知らせようと家へ向かって走りかけたとき、船出の際の重要な儀式である「風占い」が始まった。風占いとは、昇降口の蓋に占い師となる人間をくくりつけ、凧のように空に飛ばすというものだ。蓋がまっすぐに上がれば航海の成功が約束されるため、乗組員はもちろん、荷物を預ける商人も大きな関心を寄せていた。
ハオヨウは空に上がっている人間を見て驚いた。父さんだ! ハオヨウには、怪我をした父親が大声で助けを求めていることがわかった。「父さんを下ろして! お願い!」いくら叫んでも、ハオヨウの声は人込みにかき消されてしまう。ようやく蓋が下ろされたときには、父親は死んでしまっていた。「いいやつだったのに……」「チョウがあんなことをしなければ……」乗組員たちは口々にハオヨウをなぐさめた。
ハオヨウの父親が死んだことを、親戚たちは平然と受け止めた。漁村の大沽〈タークー〉では海で人が死ぬことなど珍しくなかったからだ。しかし、事件の一部始終を見ていたハオヨウにはどうしても納得できない。父さんは空の上で確かに生きていたのに。空に魂を置いてきてしまったの? チョウはどうしてあんなことを? 許せない……。
一方チョウは、ハオヨウの父親の葬儀に何食わぬ顔で現れ、ハオヨウの大おじで今や後見人となったボウに「未亡人のチンアンと結婚したい」と持ちかけた。ハオヨウの母親チンアンは有名な美人で、チョウは以前から隙あらば自分のものにしようと考えていた。ずる賢い大おじのボウは、この一等航海士と結婚させれば自分がチンアン親子の面倒をみる必要がなくなると考え、あっさり承知しようとした。
ところが、いきなり爆竹が鳴り出したり、驚いたニワトリが死んだり、お椀が割れたりと、不吉なことが次々と起きて話し合いは中断された。チンアンは夫の霊が何かを訴えようとしているに違いないと言い、霊媒師である親戚の娘、ミーポンを呼んで降霊をしてもらうことに決めた。このことを知ったチョウは、力ずくでミーポンに自分に有利な発言をさせようともくろんだ。
しかしミーポンは暴力に屈するような娘ではなかった。降霊が始まると、青あざだらけの顔で堂々とこう言い放った。「息子よ、美しい凧を作って売るがいい。妻よ、再婚をすれば災いがふりかかるであろう」これを聞いて大おじのボウはがっかりした。自分の甥とはいえ、霊に逆らうわけにはいかなかったからだ。
ミーポンはハオヨウとふたりきりになると、もとの優しい表情でこう言った。「あなたは手先が器用だから、きっとすてきな凧を作れるわ。それに、チンアンはあんな男と結婚すべきじゃない」その言葉を聞いたとき、ハオヨウはミーポンが霊の意志ではなく自分の意志で話していたことに気づき、何度もミーポンに「ありがとう!」と叫んだ。
ハオヨウは、父親の死を思い出させる凧を作ることに抵抗を感じたが、ミーポンに励まされ、誰も見たことのないような凧を次々と完成させた。竜やイルカの形をした凧は、たちまち村じゅうの話題となり、その噂はチョウの耳にまで届いた。
ある夜、ハオヨウの家で火事が起きた。火はまたたくまに燃え広がり、家に置いてあった凧はすべて燃えてしまった。呆然としているハオヨウに、誰かが「親切な通りがかりの人が、あんたのお母さんと妹さんを助けたんだよ」と教えてくれた。見ると、そこには母親と2歳の妹を連れたチョウの姿があった。
大おじのボウは、霊の言葉が当たらなかったことに腹を立て、チョウが持参金なしでもいいからチンアンと結婚したいと言うと、今度はすぐさま承諾した。ハオヨウはあわてて「父さんを殺したのも家に火をつけたのもチョウなんだよ!」と訴えたが、ボウは信じないどころか、ハオヨウを嘘つき呼ばわりして殴りつける始末だった。
結婚式前夜、ハオヨウと散歩に出たミーポンは、自分の過去をハオヨウに打ち明けた。お金のために頭のおかしな男と結婚させられたこと、その夫が自殺を図ったこと、胸騒ぎを覚えて海へ行ったら、そこで夫が死んでいたこと、それ以来「霊媒師」と呼ばれるようになったこと。ハオヨウは、ミーポンが霊媒師ではないと知って驚いた。
話しながら歩いているうち、ふたりは居酒屋までやって来た。そこには安酒を飲んで酔っ払っているチョウの姿があった。正体がなくなるまで酔わせれば、明日の朝に出航する上海行きの船に放り込めるかもしれない。そう考えたふたりは、チョウに酒をおごり、意識を失ったチョウを船まで運んだ。
ところが船長は、風向きがよくないので出港を延期すると言う。チョウの意識が戻れば計画が水の泡になると焦ったハオヨウは、「実は僕、風の占い師なんです。この風は航海に最高ですよ。僕が蓋に乗って証明しましょう」と申し出た。
ハオヨウははからずも父親と同じ経験をすることになった。自分の体がどんどん地面から離れていく。広々とした空から村や海を眺める爽快感、そして不意に襲ってくる恐怖感。運よく蓋はきれいに上がり、船は予定通り出港することになったが、ミーポンのもとへ戻ったハオヨウは「怖かった」と言って泣き出した。
結婚式当日にチョウが現れなかったため、大おじのボウは騙されたと腹を立てた。一方ハオヨウは、半年か長くて1年も経てばチョウは戻ってくるだろう、きっと僕とミーポンに復讐するだろうと悩み始めていた。
そこへ、きちんとした身なりの紳士が現れた。曲芸団の団長、ミャオだった。ミャオは、ハオヨウが蓋に乗って空に上がっているのを見て、新し曲芸を思いついたと言う。「凧乗りだよ。君にやってほしいんだ」ハオヨウは驚いたが、大沽を離れて身を隠すいい機会だと思い、「霊媒師のミーポンがいないとうまく風に乗れないんだ」と嘘をつき、ミーポンと一緒に曲芸団に入れてくれるよう頼んだ。
曲芸団には中国人以外にモンゴル人も大勢いた。おまけに団長のミャオは、いつかフビライ・ハンの前で演技をするつもりだと語った。大おじからモンゴル人は中国人の敵だ、野蛮人だ、殺人鬼だと教え込まれていたハオヨウはそのことが憂鬱だったが、チョウから逃れるためには他にすべがなかった。
正直なところ、ハオヨウは凧に乗って無事に空に上がれるなどと思っていなかった。途中で落ちて死んでしまうだろうと覚悟していた。しかし、ミーポンとふたりで作った凧がよく出来ていたのか、もともとハオヨウに素質があったのか、小さな頃からお守りとして大事にしてきた子犬の刺繍が幸運をもたらしてくれたのか、ハオヨウの凧が落ちることはなかった。ハオヨウはいつしか空の旅を楽しめるようになっていた。
故郷の大沽から首都の大都〈ダードゥー/現在の北京〉へ向かう途中、楊村〈ヤンチュン〉という村である事件が起きた。モンゴル人の鳥使いの末娘が行方不明になってしまったのだ。母親は半狂乱になって娘の名を呼んでいる。幼い妹を思い出していたたまれなくなったハオヨウは、凧に乗って空を飛び、娘の姿を探した。
しかし、水田のぬかるみにはまっている娘を見つけた瞬間、ハオヨウの凧が急降下を始めた。水田にたたきつけられたハオヨウは頭を強打し、凧は壊れて泥の中に沈んでいった。幸い娘を助け出すことはできたが、ハオヨウはその後何日も意識を失った。気がついたときには団長のテントの中で寝ていた。
しばらくすると、モンゴル人たちがテントにやって来た。団長によると、彼らはハオヨウのために大事な羊を生贄にして祈りを捧げた上、毎日見舞いに来ていたという。おまけに外には真新しい凧まで用意してあった。ハオヨウはモンゴル人たちの好意に感激し、これからも一緒に曲芸団でがんばっていこうと心に誓った。
大都が近づくにつれ、ミャオ団長は珍しく神経質になっていった。フビライ・ハンが夏の離宮がある上都〈シャンドゥー〉へ行ってしまったと聞いたときには、ひどく落胆した様子を見せた。ハオヨウは不思議に思いながらも、久しぶりの凧乗りが楽しくてたまらない。大都の空で左側にチカチカと輝く光を目にしたときには、息子の勇姿を見ようと父親の霊が現れたのではないかと思った。
大都の空から、ハオヨウにはもうひとつ懐かしい顔が見えた。大おじのボウだった。気づいたミーポンが「あなたの稼ぎが目当てよ。きっと賭けに使うんだわ。今までだって仕事先から物を盗んでは賭けをしてたんだから」と忠告したが、幼い頃から家長に従うよう躾けられてきたハオヨウにはどうすることもできない。ボウから「稼ぎはわしが預かる」と言われると、母さんと妹の面倒をみてくれている人なんだからと自分を納得させ、素直にお金を渡した。ミーポンは腹を立て、団長はなぜか悲しそうな表情を浮かべた。
移動中のある日、ハオヨウはボウに「目的地はどこなのか聞いてこい」と命じられ、ミャオ団長のもとを訪れた。団長は大おじの言いなりになっているハオヨウに、「君は昔の私に似ている。私も父の言うことには何でも従って生きてきた。たとえ意見が合わないと思ってもね。だが、君を見ていて気が変わったよ。父の遺言通り上都へ行ってフビライ・ハンに会うつもりだったが、引き返すことにする」と言った。
ハオヨウたちの野営地にモンゴル人らしき兵士たちが襲いかかってきたのは、ちょうどそのときだった。兵士たちはテントを壊したり、動物を切り殺したりしている。騒ぎに気づいた団長は、堂々と兵士の前へ進み出ると、自分たちが曲芸団であることを告げた。それを聞いた兵士たちは、フビライ・ハンの前で芸を披露するようにと命じた。彼らはフビライ・ハンの近衛兵だった。
フビライ・ハンに会うことになったミャオ団長は、大都に近づいたときのにようにいらいらした様子を見せた。「万が一のときは絨毯を用意するように」などと意味のわからないことまで口走っている。みんなは「きっと緊張しているんだろう」「殺されるんじゃないかと心配しているんだろう」と噂し合った。
フビライ・ハンは、妻と子どもたちを連れて姿を現した。曲芸を大いに楽しんでいる様子で、凧に乗ったハオヨウを見たときには身を乗り出したほどだった。そのときハオヨウは、短剣を持った団長がフビライに近づいていくのに気づいた。まさか殺すつもりじゃ……。ハオヨウは空の上で「父さん、やめさせて!」と叫んだ。
そのときフビライが、「おい、ぼうず、鹿は見えないか?」とハオヨウに向かって尋ねた。ハオヨウはとっさに光が見えたほうを指差した。フビライと部下はすぐにその方向へ走り出し、しばらくすると本当に鹿を仕留めて帰ってきた。ハオヨウは鹿が現れたことを、そしてフビライが団長に殺されなかったことを父親に感謝した。
夜になって落ち着いた団長は、ハオヨウと、なぜかミーポンを呼んで話し始めた。「実は私の本名はミャオではない。私は宋の王家の末裔だ。フビライが襲ってきたとき、私の父や兄は殺されてしまったが、末っ子だった私は母方の家に預けられていて無事だった。父は死ぬ前、私にフビライを暗殺するよう約束させた。だが私は、なぜ神が宋を滅ぼしたのか、なぜ中国をフビライの手に渡したのか、フビライとはどんな男なのかをこの目で確かめたかった」団長は、そう考えること自体、父親や祖先への裏切りになるのではないかと悩んでいたのだ。
ハオヨウがテントに戻ると、そこには大おじのボウが待ち受けていた。フビライから褒美にもらった金貨を渡せと言う。団長の話に勇気づけられたハオヨウは、「金貨は母さんに渡すんだ」と言って初めて大おじに逆らった。しかしボウは、「兵士たちと賭けをするんだからよこせ!」と言って、むりやりハオヨウから金貨を奪った。
ハオヨウは金貨を奪われたどころか、大おじの賭けに協力させられることになった。それは、兵士とハオヨウがそれぞれ凧に乗り、空中に長くいられる時間を競うというものだった。しかし凧乗りが初めての兵士がうまく飛べるわけがない。敵の凧はたちまち落ちて木に引っかかり、乗っていた兵士も死んでしまった。
ボウは「勝った!」と喜んだが、兵士たちは「まだ地面に着いていない」と言い張り、ハオヨウの凧めがけて弓矢を放ち始めた。凧と足に矢を受けてバランスを失ったハオヨウは、急いで地上を見渡し、やわらかそうな土が乗った荷車を見つけて飛び降りた。ところがその瞬間、フビライ・ハンの怒鳴り声が聞こえてきた。「よくも神聖な土を汚したな! 打ち首にしてやる!」ハオヨウが降り立ったのは、フビライの故郷、中央アジアの草原からはるばる運んできた土だったのだ。
助け舟を出したのは、かつてハオヨウが命を救ったモンゴル人の娘の父親だった。「その少年は役に立ちます。鹿を見つけ、私の娘を見つけました。きっと敵も見つけてくれることでしょう」それを聞いたフビライは考えを改め、ハオヨウに軍の偵察隊に入るよう命じ、医者にハオヨウの怪我を診るよう言いつけた。
診察を終えた医者は、ハオヨウに「今まで左目がチカチカすることはなかったかね? 頭を強く打ったことは?」と尋ねた。ハオヨウは空で見た光のこと、最近左目をこする癖がついていたことを思い出した。そうか、あのモンゴル人の女の子を助けたときだ。あの光は父さんじゃなかったんだ……。
もう一度頭を強く打つようなことがあれば左目は失明すると言われ、団長はハオヨウをボウと一緒にこっそり故郷へ帰すことに決めた。ボウはフビライの兵士としてハオヨウが稼いでくれることを期待していたが、同行していた妻から「凧競争で死んだ兵士の家族から復讐されるかもしれませんよ」と言われると、ようやく帰ることに同意した。
ハオヨウはミーポンも一緒に帰るものと思っていたが、ミーポンは意外にも曲芸団に残りたいと言った。団長に寄り添うミーポンを見て、ハオヨウはふたりがいつのまにか恋仲になっていたことを悟った。ボウは「この恥知らず!」と言い捨て、用意してもらった馬車に妻とハオヨウを乗せて立ち去った。
大好きな親友ふたりを失ったハオヨウは、悲しくてたまらない気持ちだった。ところがボウは団長とミーポンを馬鹿にして笑っている。耐えられなくなったハオヨウは、思わず「団長は宋の王家の末裔なんだよ!」と叫んでしまった。それを聞いたボウは、曲芸団のもとへ引き返し、驚いている団長に向かって「財産をすべてよこせ。さもないと皇帝におまえの正体をばらすぞ」を脅した。ところが団長は、「おまえの言いなりになるくらいなら、自分から正体をばらしにいく」と言ってフビライのほうへ歩き出した。
団長から自己紹介を受けたフビライは、「おまえの父親は覚えている。頑固なやつだった」と語った。団長は「その頑固な男を、あなたは絨毯にくるみ、馬に踏み潰させた」と答えた。するとフビライは「王家の血を土に流すわけにはいかなかった。おまえも絨毯がほしいか」と言い、団長の足もとに絨毯を広げた。
このままではミャオが殺されてしまう――そう思ったミーポンは、団長のわきに走り寄ってすわった。ハオヨウも、自分が隠れていたことを忘れてその隣にすわった。やがて踊り子もすわり、鳥使いもすわり、絨毯はたちまち団員たちでいっぱいになった。フビライはそれを見ると、急に笑い出し、何事もなかったように去っていった。
そのとき、ハオヨウを探していた兵士がやって来た。もう逃げ場はない。ハオヨウは立ち上がり、まだすわっている仲間たちに向かって「さようなら!」と叫んだ。
ハオヨウはフビライとその軍隊と共に楊村までやって来た。モンゴル人の娘を助けたあの村だ。曲芸団を見て以来、凧に夢中になっていた村人たちは、モンゴル人と戦うことを凧競争で決めたばかりだった。
村人たちの反乱を知ったフビライは、村に攻撃をしかけた。兵士は、空から爆弾を落とすようハオヨウに命じ、導火線に火をつけてハオヨウを空に飛ばした。ハオヨウは村人を殺すことなど自分にはできないと思ったが、爆弾を抱え続けていれば自分が死んでしまう。父も、団長も、ミーポンもいない今となっては、自分で決断するしかなかった。
しかしハオヨウはどちらの運命もたどらずにすんだ。雨が降り出し、導火線の火が消えたのだ。凧がびしょ濡れになり、川へ落ちたハオヨウは、流木に頭を殴られ、左目の視力を失ったものの、なんとか岸にたどり着いた。片目でもいい。もう一度母さんをこの目で見られれば……。ハオヨウは故郷の大沽へ向かって歩き出した。
1か月後、ハオヨウはようやく大沽へたどり着いた。しかし大おじはまだ帰っていないらしく、家には板が打ちつけてあった。近所の人の話から、母親は居酒屋の住み込み従業員として働かされていることがわかった。ハオヨウは大おじに腹を立て、母親と妹を迎えに行き、母親に店の稼ぎを持たせて二人を連れ出した。ハオヨウは、父を殺したチョウがまだ戻ってこないことを知り、しばらくチョウの艀〈はしけ〉に住むことにした。
ある日、大おじの家を見に行ったハオヨウは、艀に向かうチョウの姿を目にした。このままでは母親と妹が見つかってしまう。ハオヨウはとっさにチョウの前に出ると、「賭けをしようじゃないか。あんたが勝ったら家にある財産をぜんぶやるよ」と挑みかけた。
ハオヨウとチョウは、毛布の下で相手が指を何本出しているか当てるという賭けをすることになった。11回勝負だったが、ハオヨウは続けざまに6回外し、あっさり負けてしまった。熱くなったハオヨウは、「もう1回!」と言って、今度は家を賭けた。大おじのボウが夢中になるのがわかるような気がした。
2回戦を始めようとしたとき、「何してるの!」という声が聞こえてきた。ミーポンだった。ハオヨウは「いいところへ来た」と言ってミーポンをむりやりすわらせ、自分の代わりに賭けをさせた。ミーポンはハオヨウと同じようにあっさりチョウに負けた。まわりで見ていた村人たちは、霊媒師のくせに負けるなんてと口々に言い合った。
ハオヨウは今度は母親を賭けると言い出した。「あんたは父さんを殺すほど母さんがほしかったんだろう」村人たちはチョウが人殺しだったことに驚いたが、それと同じくらい息子が母親を賭けたことにあきれ果てた。ハオヨウは3回戦も負けてしまった。
ミーポンとふたりきりになると、ハオヨウはこう言った。「僕は大おじさんの仕事先に行って、盗まれたものを取り戻したかったら家に行くように言ってくる。ミーポンは飲み屋に行って、母さんが持ち逃げしたお金を取り返したかったら婚約者からもらうように言って」これを聞いたミーポンは驚いた。「最初から負けるつもりだったのね!」
そうとは知らないチョウは、ボウの家で大喜びしていた。そこへボウの仕事先の男たちがやって来て、「この、泥棒め!」とチョウを怒鳴りつけた。驚いたチョウは逃げようとしたが、今度は飲み屋の男たちがやって来た。「チンアンの婚約者ってのはあんたかい?」チョウは男たちにさんざん痛めつけられた。
盗み集めた財産をすべて奪われたと知ったボウは、ハオヨウには凧乗りで、ミーポンには降霊で稼ぐように言いつけた。しかしハオヨウは片目の視力を失ったので出来ないと答え、ミーポンは霊媒師でないことを村人に証明したから無理だと断った。「それに、夫に叱られるわ」それを聞いたボウは怒り狂い、「わしの許しもなくあの男と結婚したというのか! この恥知らずめ! 殺してやる!」と言ってミーポンの首を締めた。ハオヨウはミーポンのお腹に赤ん坊がいることを教えたが、ボウは手を緩めようとしない。そこで仕方なく、凧乗りをして稼ぐことを約束した。
しかし翌朝、ボウが目を覚ますと、隣の部屋で寝ていたはずのハオヨウとミーポンは姿を消していた。自分の妻もいなかった。ボウはひとりぼっちになってしまった。
その頃、みんなは団長や曲芸団の仲間と共に海の上にいた。ハオヨウは、曲芸を見に来た観客たちに売ろうと、船の中で小さな凧をたくさん作っていた。
顔を上げると、青い空が見えた。ハオヨウは、中国よりも、皇帝の領土よりも空が広いことを知っていた。空の上は風が強く、中国人もモンゴル人も関係なく霊が混じり合っていることも感じていた。だが、その空に戻ることはもうできない。そよ風がハオヨウの持っていた紙をパタパタと鳴らすと、ハオヨウは手もとの凧に視線を戻した。
【感想】
フビライ・ハンは13世紀に実在した人物で、異民族としては初めて中国全土を支配し、1271年に元朝を打ち立てた。自分たちの土地を我が物顔で歩くモンゴル人を見て、中国人は憤りを感じたに違いない。大沽(ここも天津に近い実在の港町)に生まれた主人公のハオヨウも、個人的な憎しみはなかったものの、父親や大おじに言われた通り、モンゴル人を野蛮人とみなして育った。
また、儒教の教えを受けていたハオヨウは、父親に盲目的に服従する息子でもあった。何かにつけ「父さんがこう言ったから」などと口走り、自分の目で判断するということがない。そんなハオヨウを変えたのは、自由に意見を述べる親戚のミーポン、そして、父親の言いつけに背こうともがく曲芸団のミャオだった。父親が亡くなってもなお、その霊にしがみつき、お守りを大事に持ち歩き、大おじの言葉に従い、ミーポンやミャオに頼ろうとするハオヨウは、ひとりになったとき、ようやく自分の力で人生を歩み始める。
波瀾万丈の活劇風の作品。まあ、好みは分かれると思う。
last updated 2003/8/22