管理者:金原瑞人
“Cowboy Ghost” by Robert Newton Peck
Harper Collins Publishers 211 pages
フロリダの牧場主の次男として生まれたタイタスは、兄と違ってきゃしゃな体つきをしているために、跡継ぎとして父親からあまり期待されていなかった。しかし、十六歳になったある日、牧場のカウボーイたちといっしょに、五百頭の牛を遠方の屠殺業者に売るための旅に出たタイタスは、嵐、先住民の脅威、兄の死、悪漢との対決、負傷など、次々に襲いくる試練を乗り越えて、たくましく成長していった……。
主な登場人物
タイタス……この物語の主人公。フロリダの牧場主の次男。
マイカ……タイタスの十三歳年上の兄。
ロブ・ロイ・マクロバートソン……タイタスの父。<スパーボックス牧場>の主。
ユードラ……タイタスの母。タイタスを産んでまもなく死去。
ミセス・クリキット……マクロバートソン家の家政婦。タイタスとマイカの母親代わり。
オーネル・ホップル……牧場の人事をまかされているカウボーイ頭。
ヴィネガー……牧場で働くカウボーイ
バグパイプ……同上
ティン・パン……牧場のカウボーイたちの賄いをしている、中国系の料理人
あらすじ
一九〇八年、タイタスが生まれてまもなく、母のユードラが死んだ。タイタスと兄のマイカは、家政婦で母の親友でもあったミセス・クリキットに育てられた。マイカは筋骨たくましい若者に成長し、<スパーボックス牧場>の跡取りとして、父の熱い期待を一身に受けるようになったが、きゃしゃでひ弱そうなタイタスに、父はどことなくよそよそしかった。タイタスは幼な心に、母(父にとっては最愛の妻)の命とひきかえに生まれてきた自分にたいする父の無言の憎しみを感じながら育った。
七歳の誕生日に、タイタスは教会へいって神父さまから聖書をもらった。家に帰ってマイカにみせると、マイカは『イザヤ書』の一節(「わたしはあなたが、かたくなで、その首は鉄の筋、その額は青銅であることを知るゆえに……」)を読んできかせてくれた。その日、マイカは力じまんの流れ者と素手の決闘をして、惨敗した。
十六歳の誕生日に、タイタスは初めて、牧場のカウボーイたちの前で、投げ縄の腕を披露することになった。一人前の男になるための儀式だ。柵囲いのなかに放たれた一頭の荒馬。タイタスの投げた縄が、みごとに馬の首をとらえた。しかし、そこからが大変だった。暴れ狂う馬にひきずられて、タイタスは地面を転げまわり、全身傷だらけになった。が、自分の力を証明したい一心で、必死に縄にしがみついていた。もうだめだと思った瞬間、馬のほうが力つきて抵抗をやめた。カウボーイたちがやんやの喝采を送り、マイカが、「これでおまえも、ロバートソン家の男だ」とたたえてくれた。その晩、タイタスが眠れずに外に出ると、暗い納屋で人の気配がした。声をかけても、返事はない。タイタスはふと、「カウボーイの霊」かもしれないと思った。
数日後、タイタスの活躍ぶりをきいた父は、とりあえずほめてはくれたものの、「おれのほんとうの息子はマイカだけだ。おまえはユードラの体格をひきついだ母さん子だ。ユードラは、おれにマイカをとられるのをおそれて、おまえのようなひ弱な息子を産んだのだ」といった。すると、黙ってきいていたミセス・クリキットが、憮然としていった。「ユードラを侮辱するようなことはいわないでください。わたしは家政婦であると同時に、あなたの良心の役目もしているんですからね」父は黙りこんだ。頑固でワンマンな父も、家事や牧場の賄いを一手にひきうけ、カウボーイたちのけがの手術までこなしてしまうミセス・クリキットには、一目置いていた。そしてふたりは、ときに対立しながらも、なにか不思議な力で結びついているようだった。
タイタスは少しずつ、牧場の仕事をさせてもらえるようになった。初めて二十頭ほどの牛をつれて遠出した日、意気揚々と牧場に帰ってきたはいいが、なぜか牛たちが暴走して柵をめちゃくちゃに壊してしまった。その晩、失敗に落ちこんで寝つけずにいると、耳もとでカウボーイの霊がささやいた。「焦っちゃいけない。たった一日で、一人前の男になれるわけがないだろう」
<スパーボックス牧場>では年に一度、育てた牛を屠殺業者のところへ売りにいく。五百頭もの牛を、フロリダ州南西部のホームステッドまでつれていくのは大仕事だ。まっすぐでも三百キロ、じっさいには水のある場所をたどってもっと長い距離を、牛の歩みにあわせて約一週間かけて進んでいく。牛のなかには、本能で運命を察するのか、途中で逃げ出そうとするものもいる。晴れれば土ぼこり、雨ならぬかるみのなかを、牛たちをまとめながら進んでいくカウボーイたちの仕事は、苛酷なものだった。
その年も、牛を売りに出発する日がきたが、三人のカウボーイが病気で寝こんでしまったため、かわりにマイカとタイタスが加わった。タイタスは、この任務を立派に果たせばカウボーイとして父に認めてもらえると思い、はりきったが、与えられた役目は料理人ティン・パンの助手だった。朝は四時起きで朝食を作り、牛が起きだす前にカウボーイたちに食べさせる。牛は一度歩きだしたら疲れるまで止まらないので、昼食はぬきで馬車か馬に揺られていく。夕食のかたづけを終えるころには、ぼろ布のように疲れていた。が、眠りに落ちる瞬間、カウボーイの霊が、「よくやった」とささやいてくれたような気がした。
牧場を出て三日目、先頭のカウボーイが、「羽根つきの槍が二本、交差して砂にささっている。槍のあいだにはしゃれこうべが置いてある」と、カウボーイ頭のホップルさんに報告にきた。先住民セミノール族の威嚇らしい。一行は、セミノール族の居留地を迂回して進んだが、何頭かの牛が矢を射られて死んだ。加えて、空もようがあやしくなってきた。牛たちはいち早く嵐の前兆を感じ、乾いた寝場所を確保するように地面に座りこんだ。
ついに嵐がきた。激しい雨に視界はさえぎられ、とどろく雷鳴にたがいの声もきこえない。圧倒的な自然の力。神の力。タイタスはカウボーイの霊の声だけをたよりに、暴れる馬に必死でしがみつき、牛たちをまとめようと奮闘した。
ようやく嵐が峠を越したとき、タイタスは、隊列の最後尾で馬車がひっくりかえり、マイカが下敷きになっているのをみつけた。マイカはいった。「おれはもうじき死ぬ。死んだら、ここに埋めてくれ。<スパーボックス牧場>へは帰りたくない。父さんから自由になりたいんだ」
九年前、マイカが決闘で負けたとき、父は町じゅうの人々の前で恥をかいたといって、怒りと失望をあらわにした。たくましい外見とうらはらに繊細な心を持ったマイカは深く傷つき、以来、地獄のような日々を送ってきたという。その晩、タイタスはひとりでマイカを葬り、いつかマイカが読んでくれた「イザヤ書」の一節を暗唱して、亡き骸に誓った。「兄さんが第二の父さんにならなかったように、ぼくも決して第二の父さんにはならないよ」
やがて夜が明けて、カウボーイの霊の声がした。「さあ、今日の仕事が待ってるぞ」
みんなに追いついたタイタスを、もうひとつの悲しい知らせが待っていた。カウボーイ頭のホップルさんが、嵐の最中に心臓発作を起こして死んだという。一行は、いっきにふたりのリーダーを失った。もう牧場へ引き返すしかないと弱気になっているカウボーイたちに、タイタスはいった。「今日からは、このぼくがリーダーになる。亡くなったふたりに敬意を表すためにも、なんとかしてホームステッドまで行こう。目的地まで行った者には十ドル、さらに牧場まで帰り着いた者には五ドルの報奨金を出す」
カウボーイたちは、頼りなげな若いリーダーに不安を感じながらも、ついていくことにした。
そのつぎの日、三人の悪漢が現われて、「おとなしく牛を二十頭よこせ」と迫った。撃ち合いになり、悪漢どもは退散したが、タイタスは腹に弾をくらった。タイタスは、バグパイプに命じて弾を摘出させた。麻酔も消毒も酒ですませ、まにあわせの探り針で弾をみつけてペンチで摘出するという、たいへんな荒療治だったが、タイタスは一命をとりとめた。二日ほど意識がもうろうとしていたが、気がつくとホームステッドの町は目の前だった。荷馬車に寝ていたタイタスは、無理を承知で馬にまたがり、屠殺場の経営者と対等にわたりあって商談をまとめた。そして約束どおり、カウボーイたちに報奨金を払った。
翌日、一行は帰路につき、五日後に<スパーボックス牧場>に帰り着いた。出迎えた父とミセス・クリキットに真実を告げるというつらい役目を、タイタスは立派に果たした。そして父に、「マイカは第二の父さんじゃなかった。優しい母さんの子だった。自由の身で死ぬことを選び、死によって本来の自分にもどったんだ」といった。すると、父は静かにいった。「おまえもまた、マイカの死によって、本来の自分になったようだな」
ミセス・クリキットが、あらためて傷の消毒をしてくれたあと、父がタイタスを抱き上げて、二階へつれていった。生まれて初めて父の腕に抱かれて、タイタスはあたたかい気持ちに包まれた。タイタスは、マイカにできなかったことをしよう――父を許し、受け容れようと決心した。
そのときふと、ここ数日間、カウボーイの霊の声をきいていないのに気づいた。カウボーイの霊とは、もしかしたら、未来の自分自身なのかもしれない。
翌朝、まだ暗いうちに起きだしたタイタスは、カウボーイたちの宿舎へいってみんなをたたき起こした。新しい一日、新しい日々の始まりだ。父は、牧場の運営や人事について次々と新しい提案をするタイタスをみて、その急激な成長ぶりに目をみはった。そして、「おれにも息子ができた」とつぶやいた。
(コメント)
ペックの新作で、『豚の死なない日』と同じように「父と子」の関係が中心になっています。が、今回はかなり「男の世界」の物語になっており、それもカウボーイの世界。『豚の死なない日』とはちょっと雰囲気が違います。とくに牛を追って出発してからはドラマティックな事件の連続だし。
日本語にすると400字詰めで400枚前後。『豚の死なない日』より長くなると思います。
last updated 2003/8/22