管理者:金原瑞人

【題名】The King’s Head
    (仮題『王の首』)
【出版社】Scholastic
【頁数】130頁(プルーフ)/224頁(予定)
【対象】中学生以上
【作者】Susan Price(スーザン・プライス)
 イギリス生まれ。9歳のときにギリシャ神話を、11歳のときに北欧神話を読み、その魅力にとりつかれる。14歳で『デイリー・ミラー』紙の短編小説コンクールで受賞。十六歳で初めての物語『悪魔の笛吹き』を書く。博物館のガイド、皿洗いなど、様々な仕事をしながら物語を書き続け、1987年『ゴースト・ドラム』(ベネッセ)でカーネギー賞を受賞。1998年”The Sterkarm Handshake”ではガーディアン賞を受賞、同作品はカーネギー賞候補作品にも選ばれた。

【概要】
 小王国が争覇を繰り返したイギリス七王国時代(6~9世紀)(設定より推定)。死体の折り重なる戦場へ、生存者を探しにきた修道士がみつけたものは、しゃべる首だった。首は戦いに敗れた側の王に寵愛されていた語り部で、王に会わせてほしいと修道士に懇願する。そして、王のもとへたどりつくために、さまざまな人の前で物語を語りつづける。
 昔話の暗さとユーモアをたたえながら、「物語の力」を語るファンタジー。

【登場人物】
首(グリムセン):ペンダ王付きの語り部
ペンダ王    :戦いに敗れた王(*)
エドガー王   :戦いに勝った王(*)
ドミニク修道士 :エドガー王の国の修道士
オーディ    :首の恋人
アボット神父  :ドミニク修道士のいる修道院の神父
オーシス    :エドガー王の国の領主の娘
女王      :エドガー王の母

*ペンダ王もエドガー王も歴史上、実在している(作中ではペンダ王はペンダ・ワートルースの名で出てくるが、ワートルースが実在かまでは不明)。ただし、実在のペンダ王は600年代、エドガー王は900年代の人物だ。しかし、ペンダ王はノーサンブリアと絶えず交戦したマーシアの王、エドガー王はノーサンブリアとマーシアものちに治めたイングランドの王。作者は本書では事実と虚構をうまくまぜているようだ。なお、首は自分が語る物語の中で、マーシアの王をさりげなく主人公にしている(※1)。

【あらすじ】
 ドミニク修道士は、無言で涙を流しつづけた。まだ生きている者がいれば助けようと思い、戦場にやってきたものの、一面血の海で、どちらをむいても折り重なった死体がつづくばかりだった。そのとき、声がした。「助けてください!」声のするほうをみたが、青い目に赤い髪と髭の首があるだけだ。首の横には切り離された胴体が転がっている。「助けてください!」首が叫び、まばたきをした。ドミニク修道士は心臓が止まりそうになった。「教えてください。ペンダ王はご無事ですか?」首がたずねた。ペンダ王――わが君主、エドガー王の敵で、この戦いでは敗れた王の名だ。「ペンダ王なら、ひどい傷を負い、捕虜になっている」「わたしをペンダ王のもとに連れていってください」首は、自分がペンダ王付きの語り部、グリムセンであること、王との約束を果たすまでは、首を切られようが死ねないことを語った。――グリムセンといえば、その名を知らぬ者がいないほど有名な語り部。それに、このような奇跡はぜひ、わが王におみせしたほうがよい――ドミニク修道士は、首をエドガー王のいる野営の場所に連れ帰った。
 テーブルにおかれた首がしゃべっるのをみて、若いエドガー王は仰天した。首はペンダ王のもとへ連れていってほしいと懇願した。戦いの前夜、ペンダ王になにか話をしてほしいと頼まれたとき、断ってしまい、戦いが終わったら、好きなだけ話をすると約束したのだという。「そんなささいな約束のために、首と胴を切り離されても生きているというのか!」「わたしはペンダ王から大きな贈り物『ハートシーズ』をいただいておりますから」野性のパンジーのことです、とドミニク修道士が王に説明した。首は、ハートシーズの物語を語ると言い出した。そして、物語のほうびにペンダ王に会わせてほしい、とも。「約束はせん。だが、話すがよい」エドガー王がいった。
                 ◆
 わたしはオークニー諸島の出身で、両親を子どものころに亡くし、兄と農場の仕事をしながら暮らしていました。しかし、成長するにつれ、詩の才能が開花し、詩人として評判になり、ついにはオークニーの王のもとへ出入りするまでになりました。わたしは野心を燃やしました。そして、恋人のオーディと兄を置いて、イギリスへ渡ったのです。わたしは成功し、ペンダ王の宮廷にたどりつきました。王とはすぐに意気投合、友情が芽生えます。しばらくして、兄が様子をみに、訪れてきました。兄は宮廷になじめず、「あと数か月でもどる」という、わたしからオーディへの伝言を携えて、すぐに帰っていきました。けっきょく、わたしが故郷へ戻ったのは、一年半後のことでした。ところが、もどってみると、オーディと兄が結婚しているではありませんか。わたしはペンダ王の宮廷にもどりました。王は、ふさぎこむわたしから理由をききだすと、わたしを慰めるために、なんでもほしいものをやろうといってくださいました。「ほしいものはありません。ただ、わたしの話をきいてくださいますか?」その日から、わたしは毎日、オーディと兄への怒り、ねたみ、未練を語りつづけました。王は我慢強くきいてくださいました。そして、とうとう話すことがなくなったのです。そのとき初めてわたしは、オーディは戻ってこないという事実に向かうことができました。わたしはペンダ王に詩を捧げました。「あなたは土地をくださいませんでした。裕福な妻も。船も。金も銀も。ですが、心のやすらぎ(ルビ ハートシーズ)をくださいました。わたしはあなたにお仕えします」
                 ◆
「さあ、約束をはたしてください」首がいうと、エドガー王が答えた。「わたしは約束などしておらぬぞ。ドミニク、しばらくこの首を、修道院で預かってくれ。丁重にな」そこで、ドミニク修道士は首を修道院へ持ち帰った。修道院では、アボット神父がしゃべる首をみて、なにか仕掛けがあるにちがいないと思った。半信半疑のアボット神父に、首が聖人の物語を語りましょうと言い出した。
                 ◆
 マーシア(注 イングランド中南部のアングル族の古王国)に、7歳で王位についたケネルムという王様がいました。幼いケネルムの仕事は、養父と年の離れた姉が助けていました。ところがこのふたり、実は恋人同士で、王位を狙っていたのです。あるとき、ついに養父はケネルムを狩りに誘いだし、密かに首を切り落として死体をサンザシの木の根もとに埋めてしまいました。その後、王の代行となった養父のもとに、白い鳥が巻紙をくわえて飛んできました。巻紙には詩が書かれていましたた。「牛の牧草地の下 サンザシの木の根もと 王の血筋ケネルムが横たわる 首を刈られて」養父は素知らぬ顔で「神のお告げにちがいない」といい、王の探索のため、修道士たちを各地の牧草地へ送りました。ある牧草地で、修道士たちは、牛飼いの老婆に出会いました。老婆は、一頭の牛がここ数週間、サンザシの木の下から一歩も動かなくなったのに、乳の出はこれまでにないくらいよくなった、と話しました。修道士たちがその木の根もとを掘り返すと、そこにはケネルム王の死体がありました。そして首と胴を合わせると、王は生き返ったのです。その後、つぎつぎと奇跡が起こりました。養父はパンを喉に詰まらせて死に、姉は目玉が飛び出ました。王の埋められていた場所には泉が湧き、その水を飲んだものは、様々な病が治りました。泉は「聖ケネルムの泉」として広く知られるようになったとのことです。(※1)
                  ◆
「お願いです。ペンダ王のもとへわたしが行けるように、力を貸してください」首は訴えた。アボット神父がいった。「あなたがあるのは、神の力が働いているからにちがいない。あなたは聖人だ。だが、まずはあなたの奇跡の力を試させてもらいたい。三年間笑ったことのないオーシス様を笑わせることができたら、力添えするかどうか考えよう」
 首は、領主と領主の娘オーシスの前に「聖人」として連れてこられた。「お嬢さまを笑わせたほうびとして、ペンダ王のもとへ連れていくと約束してくださいますか?」首の問いに、領主は自分にそんな力はないといったが、オーシスはちがった。「約束するわ。だから話して! でも、わたしは笑わないわよ」「では、約束にまつわる物語を……」
                  ◆
 あるとき、一匹のネズミが、エールの入った大きな水差しの中に落ちてしまいました。どうやっても外に出られません。そこにネコが通りかかりました。「ネコさん! ぼくを出してください」「いやだね。おまえが溺れ死んで人間に捨てられたところを、食べるんだから」「水差しを倒してください」「そんなことをしたら、おまえは逃げるじゃないか」「逃げません。ネズミとして、溺れ死ぬよりネコの歯にかかって死にたいのです。神にかけて逃げないことを約束します」そこで、ネコは水差しを倒した。すると、ネズミが逃げながら叫んだ。「酔っぱらいの約束はあてにならないってこと、知らないの?」(※2)
                  ◆
 領主は大笑いした。けれども、オーシスは笑わない。首はオーシスに約束を念押しし、領主にいった。「賭けをしませんか? わたしのことをうそつきといったら、あなたの負けです。そのときは、わたしを王のもとへ連れていってください。あなたが勝ったら、わたしを川に捨てるなり何なり好きにしてください」「いいだろう」
                  ◆
 昨年の大飢饉のとき、わたしはペンダ王に三日で小麦をたくさん集めてくると約束しました。まず、高い山の上に登り、そこから外国の豊かな小麦畑をみつけると、勢いをつけて畑へひとっとび。その国の王様に小麦をわけてくださるよう頼みました。王様は「おまえが鎌で刈った分だけやろう」といいました。鎌ではそんなに大量に刈れません。ところが、畑にわたしの大好物のウサギが現れましてね。わたしは捕まえようと、ウサギ目がけて鎌を何度も投げつけ……。気がつくと、小麦を40エーカー分刈っていたのです。わたしはノミの皮に小麦の実を詰め、ガンに乗って空から帰りました。ところが、宮廷まであと少しというところで、ガンは重さに耐えきれず、わたしとノミの袋を落としてしまいました。わたしは大きな岩の上に落ち、首まで埋まってしまいました。あたりは一面、袋から出た小麦の実でいっぱいです。小鳥たちが、実を食べはじめました。わたしはかっとなりました。そこにちょうど王の兵士が通りかかったので、わたしは小鳥を追いかけるために、首を切り落としてもらいました。わたしの首は転がりました。すると、首をネズミと思ったキツネが、追いかけてきました。興奮で、わたしの体は熱くなり、ついには岩をくだいて出ることができました。わたしはキツネを蹴りました。すると、キツネの口から7匹のキツネが飛び出して、7匹のキツネから7色のウンチが飛び出したのです。そのウンチの中で最も汚かったのが、領主さまとアボット修道士のものでした。(※3)
                  ◆
 オーシスは大笑いした。領主は怒って、ほうびはなしだといった。「その人を連れていかないで。お話をもっとききたいの」オーシスの言葉に、領主とアボット修道士は部屋を出ていった。オーシスが首にウインクする。「お父さまを動かしたいなら、わたしに時間をちょうだい。さあ、今度は笑い話ではない、すてきなお話をして」
                  ◆
 あるところに、農場で働くトーラという娘がいました。トーラはとても働き者でした。ある日のこと、迷子の羊をさがしていると、数人の男たちが墓を掘っているところに出くわしました。穴にはとても立派な骨がありました。トーラは骸骨を拾い上げるといいました。「この人がまだ地上にいたら、わたしはきっとキスするわね」その晩、ベッドに入ると、だれかがトーラの名前を呼びました。呼んでいたのは、なんと、あの骸骨でした。灰色の顔に、ぼろぼろのマント、全身土だらけの大男になっています。「キスしておくれ」骸骨がいいました。勇敢なトーラは自分の言葉通り、キスをしました。それ以来、不思議なことに、トーラは幸運に恵まれました。そして死ぬとき、最期の言葉はこうでした。「おや、おひさしぶり!」(※4)
                  ◆
「骨とかお墓とか、今みたいなお話はいや。恋愛ものにして」オーシスがいいました。
                  ◆
 あるところに、農場主とカトラという働き者の娘がいました。カトラは夏はいつも放牧のために、羊飼いや牛飼いたちと一緒に山の仮小屋で過ごします。カトラは、結婚せずにひとりで食べていこう、と決めており、父親にもそう宣言していました。
 ある冬のこと、父親はカトラのお腹が大きくなっていることに気づきました。お腹の父親はだれかと問いつめても、カトラは太っただけと言い張るばかりです。夏の放牧の時期になりました。父親は、カトラから目を離さないように、羊飼いたちにいいつけて、不満ながらもカトラを山に送り出しました。すると、ある日のこと、羊と牛がいなくなってしまいました。羊飼いたちは探しに出掛け、そこで霧にまかれ、一日小屋を空けてしまいました。やっとこのことでもどったとき、カトラのお腹はぺたんこになっていました。
 事を知った父親はとにかく娘を結婚させたほうがいいと思い、勝手に縁談をまとめてしまいました。カトラはさんざん反抗しましたが、最後には相手の若者にいいました。「ひとつだけお願いがあります。冬に農場に仕事を求めて人がやってきたときは、わたしの許可なしに雇わないでください」若者は奇妙な頼みだと思いながらも、約束しました。結婚後、カトラは農場をうまく切り盛りしましたが、笑わなくなりました。いつも家の中でだまって仕事をしています。義母は嫁と一緒に家にいて、沈黙に耐えきれず、お話をするようになりました。ある日、義母がいいました。「たまにはあなたが話をしてちょうだい」カトラは考えたすえに、語りはじめました。
「あるところに、夏はたいてい放牧のために、山の仮小屋ですごす娘がいました。小屋の近くの崖には、エルフが住んでいました。背が高くでハンサムなエルフです。ふたりは恋に落ち、娘は身ごもりました。つぎの夏、娘はふたたび小屋にやってきました。けれども、羊飼いたちが娘を監視しています。エルフは霧を出して、羊飼いたちを一日、娘から離しました。そのあいだに、娘は赤ん坊を産みました。エルフはいいました。『わたしたちが一緒になれる日まで、わたしが息子を育てよう』ところが、山をおりた娘は父親に結婚させられてしまいます。けれども、娘はいい妻になろうと決心しました」
 何年もたった冬のある日、背の高い男と、子どもほどの小さな男が、仕事を求めてやってきました。夫はこのとき、初めてカトラの許可なしに二人を雇ってしまいました。カトラは約束を破ったことを怒り、それからはずっと、新しく雇われた二人に近づこうともしませんでした。大晦日になりました。この土地では、全員にキスをして、赦しを乞う習わしがあります。夫はカトラにいいました。「あの二人にもキスをしてきなさい」カトラは夫に「さようなら」といい残して、二人のいる小屋へ向かいました。しばらくして、みんなはカトラと二人がいないことに気づきました。「カトラをこの世界でみることは、二度とないだろうね」義母はそういって、息子にカトラの物語を語りました。(※5)
                  ◆
 オーシスはこの話を気に入り、首と結婚や恋愛について、ひとしきり話をした。そして、首のために、父である領主にねだって宮廷に行くことを決心した。
 宮廷でオーシスたちは、エドガー王の母君とエドガー王にお目通りがかなった。エドガー王は首をみて驚いた。「おまえのことは、修道士に預けたはずなのに、今度は若いお嬢さんと一緒に現れるとは。何か企んでいるのであろう?」「いいえ、女王様とお姫様方に、お話を語るために参りました。では、ばかばかしいお話をひとつ……」
                  ◆
 ある国に、王と女王、それに王子がいました。宮廷の近くには、貧しい木こりが住んでおり、いちばん上の娘を、オーシスといいました。オーシスは森へ狩りによくくるハンサムな王子に恋をしました(そのとき、本物のオーシスがエドガー王をちらっとみた。王はにっこりほほえみ、オーシスはぱっと下をむいた。)
 ある日、王子が狩りへ出掛けたまま、行方不明になってしまいました。嘆き悲しんだオーシスは、王子を探す旅に出て、ほら穴を利用して作った奇妙な家にたどりつきました。そこで、王子が醜い巨人の女ふたりに捕まっていることを知ったのです。女たちは魔法のベッドに王子を寝かせて眠らせており、ときどき呪文で起こしては、自分たちと結婚するかたずね、答えがノーだとまた眠らせていました。オーシスは女たちのいないすきに、呪文で王子を起こし、女たちを倒す計画を教えて、隠れました。やがて、女たちがやってきました。「あたしたちと結婚するかい?」「結婚するなら、まずお互いに全てを知り合わないと」王子の言葉に、女は、いつも自分たちの「命の卵」を投げっこして、スリルを味わって遊んでいることを話しました。しばらくして、女たちが外へ遊びに出ました。命の卵を投げっこしています。オーシスが急に金切り声をあげました。驚いた女たちは卵を落として、死んでしまいました。
 王子とオーシスは結婚の約束をかわしてひとまず別れました。宮廷では、王子が無事だったことを喜んで大宴会が行われました。王子は王と女王にオーシスに助けられたこと、結婚するつもりでいることを話しました。「木こりの娘とだなんてとんでもない!」王子は無理矢理、外国の姫と結婚させられることになりました。式の当日、オーシスは魔法のベッドにのって、式の会場にやってくると、自分と王子以外の参列者が眠る呪文を唱えました。そしてみんなを永遠に眠らせると、ふたりで結婚して、国を治めました」(※6)
                  ◆
 女王がいった。「王子が、王族でない者と結婚するだなんて、ばかばかしい。ところでオーシス、わたしのお付きの者になる気はありますか?」「もちろんです!」
 その後、エドガー王による宴が催された。オーシスは王の後ろ、女王と同じ列に座っている。王はみんなの前で、首に物語を語らせることにした。首はそのほうびとして、ついにペンダ王に会わせてもらう約束をとりつけた。
                  ◆
 むかし、ある冬の晩に、食べ物と一晩の宿を求めて、大きな城に男が転がりこんできました。名をウィラハッドといい、翌日から、城で働くようになりました。ウィラハッドは仕事のできる男で、たちまち王の大のお気に入りになりました。ところが、ウィラハッドには、何か深い悩みがあるようでした。毎晩、寝ているときに、ひどい叫び声をあげるのです。「血! ああ、母さん!」それをきいた王様が意味をたずねても、ウィラハッドは覚えていないとしかいいませんでした。ある日、王様は狩りに出て、美しい白い牡鹿に誘われるようにして、火事にあった廃屋までやってきました。そこに、ハトが飛んできて、歌をうたいはじめました。ひどく意地の悪い母親が、ある晩、暴漢を送って家を焼き、娘の夫と赤ん坊を殺させたこと。娘は絶望し、髪を切り、エリナからウィラハッドと名前を変え、王に仕えるようになったこと。――歌をきいた王様は城にもどると、出迎えの人びとの中にいたウィラハッドにキスをしていいました。「みなのもの、これからおまえたちの女王になるエリナに挨拶しなさい!」さらに、王様はエリナの母親を家臣につかまえさせました。母親は、娘が金持ちと結婚せず、つまらない男と駆け落ちしたからやった、といいました。母親は火あぶりの刑となり、王様とエリナは、結婚してたくさんの赤ん坊に恵まれたとのことです。(※7)
                  ◆
 会場は拍手喝采となった。エドガー王がふりかえって、オーシスに手を差し出した。オーシスは一瞬とまどったものの、その手をとった。「みなの者、この方がおまえたちの女王だ!」王が叫んだ。会場はさらに喜びで沸き立った。オーシスが王様にいった。「王様からいただく婚礼の贈り物は、もうきまっております!」「なんだ?」「首をペンダ王のもとに、もどしてやってください」
 首は私室に連れてこられると、ペンダ王のベッドの枕元に置かれた。「王様!」返事はなかった。息もしていない。ペンダ王は亡くなっていたのだ。「約束は守ります。――これは、若くして王座についた王様のお話です」
                  ◆
 若い王様はいいました。「いろんな決め事をするのに、参考にする教科書が必要だ。学者たちに、世界の歴史をまとめてもらおう。すべての人が行った事が、すべて書いてあるものがいい」学者たちは顔を見合わせた。「王様、それはかなり時間がかかります」「では、できるかぎり急げ」30年後、すっかり大人になった王様の前に、学者たちは荷車10台分以上の紙の山を運びました。「要約を作ってくれ」王様がいいました。15年後、老人になった王様の前に、学者たちは荷車5台分の紙の山を運びました。「薄い本にしてくれ」王様がいいました。10年後、本が完成したとき、王様は死の床についており、学者たちは枕元に呼ばれました。「わしにはもう、時間がない。だが最後に教えてくれ。世の中で最も役立つ教えとはなんなのだ?」だれも答えられません。そのとき、召使いの女の子がいいました。「あたし知ってる。おばあちゃんがいってた。人は、生まれて、悩んで、死んでいく。それだけ知ってればいいんだって」王様はそれを聞いたあと、息を引き取りました。(※8)
                  ◆
「さあ、あなたにも授けましたよ、ペンダ王。世界の歴史。最も役立つ教え。わたしたちは生まれて、悩んで、死んでいく。これ以上、お話しすることはありません」首は永遠に目を閉じた。

【感想】
 ファンタジーというよりは、『アラビアン・ナイト』風の連作集のような作品。
 ドラマティックで緊張感のある出だしは、『ゴースト・ドラム』に通じるものがあり、なかなかおもしろい。その後は、首の現在の物語と、首が語る短い物語が、交互に繰り広げられていく。主人公が語り部という点や、作中に短い物語が登場する点では、『オーディンとのろわれた語り部』と似ているが、本書はユーモアを交えている点が大きくちがう。なお、ユーモアの部分については、要約ではほとんど省略したが、人々が首をみたときの様子や、首の語る怖い話にオーシスがヤダァと反応するところや、首がちょっとエッチな展開を臭わせて話を語るとき、女王がいちいちたしなめる場面などがある。
 プライスの作品に『ゴースト・ドラム』のような勢いを求める人には、少々物足りないかもしれないが、首が果たして王に会えるのか、最後までひっぱられるし、つぎにどんな物語が飛び出してくるのか、聞き手(読み手)としての楽しみもある。首の語る物語は、笑い話、怖い話、恋愛話、教訓話など、バラエティに富んでおり、どれももとになった昔話に作者らしい味付けがほどこされているようだ(別表参照)
 内容がわかりやすくストレートで、物語(言葉)の力を十分に語った作品。首は王のもとへいくために、物語の力を使って人を動かしていく。そんな中で、エドガー王とオーシスの恋を成就させたりもする。首の語る物語は、自分を含め、さまざまな人たちの運命を変えていく。物語の力を知る首が、自分の語る物語の一部を、物語中の現実とさりげなく重ね合わせて語ることで、聞く人をある意味操ったともいえる。まるで首は魔法使いで、物語が魔法の力を持っているかのようだ(そして、作者は首と自分を重ねているのだろう)。物語の力を信じ、物語の純粋なおもしろさを追及する、プライスらしい描き方だ。なお毎度のことだが、今回も首を切って殺したり、火あぶりの刑にしたりといった話がいくつか盛り込まれており、「教育的配慮」よりも「話のおもしろさ」が優先されている。
 作者は、対立するものはいつも背中合わせにあることも、この作品で描いている。首から下を切り離されても生きている「首」は、その象徴だ。生と死、愛と憎、幸福と不幸。いつどこでひっくり返るかわからない。そして、「人間は生まれて、悩んで、死んでいく」。人間は悩んで当然の生き物なのだ。最後に出てくるこの言葉は、勇気を与えてくれる。
 物語の構造上、人物描写がどうしても希薄になってしまいがちだが、首とオーシスは魅力的なキャラクターだった。首は強い意志を持ち、ユーモアを兼ね備え、オーシスとの恋愛談義では、印象的な言葉を述べている。オーシスは現代の女の子と等身大に描かれており、素直に好感が持てる。3年間笑わなかったことの原因は書かれていなかったが、話の流れで、あまり気にならない。
 たしかに面白いが、最近のファンタジー・ブームの系列に入る作品ではないと思う。

<別表> 書誌情報の下は本文との類似点。

・首がしゃべる話
 本書はアイスランドの昔話をヒントにした、と説明がついていたが、不明。

※1 不明
※2 『ネコとネズミのともぐらし』(『グリム童話集1』相良守峯訳/岩波書店)
   ・ネコとネズミの話。結末。
※3 不明
※4 『カエルの王さま』(『グリム童話集1』相良守峯訳/岩波書店)
   ・娘(姫)が醜いものとの約束を守る。
※5 『放牧場の家事係』(『アイスランドの昔話』ヨウーン・アウトナソン編/菅原邦城訳/三弥井書店)
   ・筋はほぼ同じ。主人公の女性が妖精の男と部屋で死んでいるのを夫がみつけ、息子がいなくなって終わるところが違う(プライスは、主人公が妖精の男と息子と出ていくラストにしている。また、義母にももっと重い役割を与えている)。
※6 『フリーニの王子の物語』(『アイスランドの昔話』ヨウーン・アウトナソン編/菅原邦城訳/三弥井書店)
   ・筋はほぼ同じ。「金の卵」(プライスは「命の卵」というものを創作している)と最後に王様たちに祝福されて終わるところが違う。また、女巨人の台詞に『ジャックと豆の木』等で使われる巨人の決まり文句「フィー、ファイ、フォー、ファン。イギリス人の血のにおい」がプライスの本作品では使われていた。
   『トイとヘルガ』(『世界の民話 32 アイスランド』谷口幸男訳/ぎょうせい)
   ・妖怪の母子が大事にしている卵を割ると、妖怪たちが死ぬ。
※7 不明
※8 不明


last updated 2003/8/22