管理者:金原瑞人

A Time of Angels 梗概

【書名】  A Time of Angels
【著者】  Karen Hesse
【出版社】 Hyperion
【初版年】 1995年(この梗概には2000年出版の改訂版を使用)
【頁数】  277ページ

【作家紹介】
省略。

【概要】
1918年、アメリカ東部、ボストン。ユダヤ人の姉妹、ハンナ、リビー、イヴは、戦争で両親と離れ、大おばの家に住ませてもらっている。しかし、インフルエンザの大流行で大おばが倒れ、リビーとイヴもインフルエンザにかかってしまう。ハンナは大おばの同居人ヴァスティに町を出るようにいわれ、電車に乗る。しかし、ハンナもインフルエンザにかかり、電車の中で倒れてしまう。見知らぬ土地ヴァーモントででハンナの面倒を見てくれたのは、敵国ドイツの老人だった……。

【主要登場人物】
ハンナ     :主人公の少女。ボストンに住むユダヤ人。14歳。絵を描くのが得意。
リビー     :ハンナの妹。新しい言葉を覚えるのが好き。
イヴ      :末の妹。歌をつくるのが得意。
ハリー     :ハンナのボーイフレンド。15歳。
ローズおばさん :ハンナたち姉妹の大おばさん。三人を引き取り面倒を見てくれている。
ヴァスティ   :大おばさんの同居人。薬草を作っていて、近所の人の治療をする。
オバダイア   :ハンナの町の住人。19歳だが従軍せずに弟と妹の面倒をみている。
クラウスおじさん:ドイツ人。ヴァーモントでいくあてのないハンナを引き取り面倒を見てくれる。
ウッドおじさん :クラウスおじさんの友達。手紙や荷物を届けてくれる。

【あらすじ】
 1918年、アメリカ東部、ボストン。ユダヤ人の姉妹、ハンナ、リビー、イヴは、ローズおばさんといっしょに暮らし始めた。三人の母親は以前からソビエトを出られず、いっしょに暮らしていた父親も第一次大戦で召集されてしまったからだ。ローズおばさんがとてもやさしいのとは対照的に、おばさんの同居人ヴァスティは、いつも背筋をぴんと伸ばし、恐い顔をしている。ヴァスティは薬草を集めて、病人の治療をしている。ハンナはヴァスティが嫌いだった。ハンナが大好きな絵を描いていても、ヴァスティはいつも顔をしかめて「時間の無駄よ」という。ローズおばさんは自分のものを売ったりして、ハンナたちの面倒を見てくれているが、ヴァスティがハンナたちのために何かしてくれることはない。ハンナは夜が明ける前に起きて駅前で新聞売りをし、妹たちをつれて学校へいき、魚屋さんであまった包装紙をもらっては絵を描いていた。ハンナの絵の中には、黒い髪に、すみれ色の瞳をした天使の絵もあった。ハンナは一度だけ、天使が空へ舞いあがるのを見たことがあったのだ。
 ある日の晩、ハンナのボーイフレンド、ハリーがやってきた。父親の具合が悪いからヴァスティに診てほしいといいにきたのだ。これがインフルエンザの始まりだった。インフルエンザはたちまち町中に広がった。ヴァスティはあちこちから病人の具合を見てくれとたのまれ、家から家へと飛び回り、休む暇もないほどだった。それでも、ヴァスティは病人にはやさしい。ハンナたち姉妹には冷たいのとは大違いだった。
 ある朝、ハンナがいつものように新聞を売っていると、ハンナの住んでいるアパートから死人が出た、という知らせがきた。ハンナは驚いて道路に飛び出し、あやうく車にひかれそうになった。だが誰かがハンナを歩道に押し戻し、どうにかひかれずにすんだ。ハンナにははっきりと、天使の姿が見えた。あの天使が助けてくれたのだ。
 ハンナは大慌てで家に戻ってみると、死んだのは隣の家の赤ちゃんだった。ローズおばさんはハンナたちがインフルエンザにかかってしまうのではないか、と心配してこういった。「私が小さい頃にコレラがはやったときは、みんなで田舎にひっこしたの。それで私は無事だったのよ。だからあなたたちもここを離れた方がいいわ。私のいとこがいるから、三人でヴァーモントにいきなさい」ハンナはローズおばさんと離れたくなかった。このとき、どういうわけか、ヴァスティがローズおばさんに反対した。「この子たちを病気にさせないと約束するわ」ヴァスティがそういったので、ローズおばさんはようやく安心した。
 町には病人があふれ、ついに学校も休みになった。ローズおばさんはハンナたちに「絶対に外に出ちゃだめよ」といって、工場に働きにいった。ハンナは、ローズおばさんの絵を描いてやったりして、妹と遊んでやっていたが、いつも外で遊んでいる妹たちはすぐに飽きてしまった。リビーは外に出たくてたまらず、ついに表に駆け出していってしまった。ハンナは、イヴの口にきれいなハンカチをあてがい、リビーの後を追っていった。さいわいすぐにリビーに追いついたが、リビーはお菓子が食べたいといってハンナを困らせる。ハンナは仕方なくリビーとイヴにお菓子を買ってやり、自分は空腹のままうちに帰った。
 二人はまたお腹がすいたと騒ぎ出したので、ハンナは二人に食事を作ってやった。食事になると今度は量がちがうといって二人はけんかを始め、はずみでローズおばさんの大事なカップを割ってしまった。三人はかけらを拾い集め、ハンカチに包んで棚の奥にひとまず隠すことにした。そのときちょうどローズおばさんが帰ってきた。おばさんはインフルエンザにかかってしまっていた。おばさんが医師ではなくヴァスティを呼んでほしいというので、ハンナは妹たちにおばさんの寝室に近づかないようにいいきかせて、町へヴァスティを探しにいった。ハンナは近所を探し回ってようやくヴァスティをみつけ、急いでいっしょにうちへ帰った。うちへ入ると、ローズおばさんが台所ですわっていて、妹たちがおばさんの寝室のベッドで寝ていた。妹たちもインフルエンザにかかってしまったのだ。ヴァスティは三人の看病を始める。ハンナはなんとか手伝おうとするが、ヴァスティの邪魔になるばかりで何もできない。ハンナは妹たちについてやり、ヴァスティは一生懸命にローズおばさんを看病した。ハンナが必死で「この子たちのことも診てあげて!」といったとき、ふりむいたヴァスティは呆然としていた。ローズおばさんが死んでしまったのだ。やがて、ヴァスティがいった。「ここを出ていきなさい」ハンナは、「妹たちを置いていくなんてできないわ」といって抵抗するが、ヴァスティは、「あんたがここを出ていけば、妹たちのことは必ず助けるから」という。ハンナは家を出た。
 ハンナはふらふらと駅に向かって歩いていく。ハンナはローズおばさんを失い、妹たちまで失ってしまうのかという思いでなにも考えられなかった。だが、あの黒髪にすみれ色の瞳の女の子がハンナを導いていってくれた。しかし、電車には乗ったものの、ハンナもやはりインフルエンザにかかっていた。ハンナは、電車から降ろされ、病院にかつぎこまれた。
 ハンナが気がつくと、病院のベッドの上だった。そこでは優しい看護婦さんが面倒をみてくれ、ハンナは次第に回復していった。数日がたち、ハンナの体力が回復してきたところで、看護婦さんはハンナの身元を確かめようといくつか質問をした。答えようとしたハンナは、声が出なくなってしまったことに気がついた。
 ハンナの声は相変わらず出ないものの、体はだいぶ良くなり、ハンナは退院することになった。この町でもインフルエンザの患者があふれ、病院のベッドが足りなくなってしまっていたのだ。ハンナは、何度かお見舞いにきてくれたドイツ人のクラウスおじさんに面倒をみてもらうことになった。しかしハンナは、クラウスおじさんが敵国ドイツの人だと知って警戒し、なかなかうち解けようとはしなかった。
 クラウスおじさんとの生活は素朴で、あたたかなものだった。ハンナは次第におじさんにうち解け、「クラウスさん」ではなく、初めて会ったときおじさんにいわれたように「クラウスおじさん」と呼ぶようになった。それでもハンナはなかなか自分がユダヤ人であることを打ち明けられなかった。ユダヤ人だといってこれまでさんざんいじめられてきたからだ。だから、おじさんの出してくれる食べ物には手をつけられなかった。いくらお腹がすいていても、ユダヤ教徒は豚肉を食べてはいけないのだ。悲しそうに、心配そうにクラウスおじさんがハンナを見つめても、ハンナは声が出せない。そしてある日、とうとうハンナはノートに「あたしはユダヤ人なの」と書いた。クラウスおじさんはびっくりしたようだったが、「じゃあ、おまえさんは果物や、魚なら食べてくれるんだな!」と喜び、ハンナが食べるのをうれしそうに見つめた。おじさんは二度とハンナがユダヤ人であることには触れないでいてくれた。
 クラウスおじさんはハンナのために真新しいスケッチ・ブックをプレゼントしてくれた。ハンナはこれまで魚くさい包装紙しか紙を手に入れられなかったので、うれしくてたまらなかった。おじさんは、昔自分も絵を描いていたことを話してくれた。ハンナが絵を描くのをやめてしまったわけをきくと、おじさんは神に誓いをたてたことを話してくれる。「母親の病気が治るまで絵は描かない、と誓ったんだ。だが結局、母親は死んでしまった。それで、二度と絵を描くことはなくなったんだ」その夜、ハンナは真新しいスケッチブックをみつめ、決心した。自分もボストンの家に帰れるまでは絵を描かない、と。
 ハンナは、ボストンではいつも早起きして新聞を売り、妹たちの面倒をみて、十分な食べ物がなくお腹をすかせていた。でもここでは、「まだ体力が戻っていないんだから寝ていなさい」といわれ、おじさんのいない昼間は二匹の犬と遊び、夜はおじさんとお腹いっぱいごはんを食べ、自分専用の部屋で一人で眠れる。ハンナは幸せだった。けれど、妹たちのことを忘れたわけではなかった。妹やハリーのことが心配でたまらず、このうちにきてすぐに、ハリーとヴァスティに宛てて手紙を書いてあった。ヴァスティ宛の手紙には、自分が今までに貯めたお金を送ってくれるように頼んでおいて、体力が戻り次第、そのお金でボストンに帰ろうと思っていた。郵便物を運んでくれるウッドおじさんに出しておいてくれるように頼んであったが、その後ウッドおじさんが運んでくる郵便物にハンナ宛のものはひとつもなかった。ハンナは、ハリーもインフルエンザで死んでしまったのか、ヴァスティがハンナのお金を使ってしまったのか、それとも妹たちも死んでしまったのか、何もわからず途方に暮れるのだった。
 ハンナはお世話になった看護婦さんに連れられて、婦人会の集まりにいき、兵士のためのセーター編みに協力することになる。ハンナはクラウスおじさんに教えてもらってなんとかセーターを編み上げた。ハンナはソビエトで戦っている父親に着てほしくて、「ソビエトにいるアメリカの兵隊さんへ」というメッセージを付けた。
 ハンナは自分でボストンまでの旅費を稼ごうと決心した。木の皮を買い取るという薬屋の広告を見て、裏の森から木をとってくることにした。クラウスおじさんは、この話をきいて悲しそうだった。「おまえさんには身寄りがないときいていた。だから、ずっとここにいてくれるのかと思っていたよ」といった。それでもおじさんは、ハンナに木の皮のはぎ方を教え、手伝ってくれた。
 ある日、ハンナが新聞を読んでいると、ソビエトにいるアメリカ兵殺戮の記事が載っていた。ハンナは血相を変え、「ソビエトにいる父さんも殺されてしまったかもしれない!」とおじさんにいった。するとおじさんは信じられないことをいった。「殺されてしまったかもしれないな。それが戦争なんだ。たとえおまえさんのパパじゃなくても、だれかが殺されているんだ。それはだれかのパパだったかもしれないし、だれかの息子だったのかもしれない。そしてかならずだれかが悲しんでるんだ」ハンナはびっくりしてしてしまい、「そんなのまちがってる、おじさんはまちがってる!」といっておじさんをぶった。おじさんはされるがままで、静かに「そうだな。おまえさんのいう通り、戦争はまちがってる」といった。ハンナはこれまで、戦争にいく父親を英雄として誇りに思い、ハンナの町の平和主義者の青年、オバダイアが従軍しないのを臆病者だとして軽蔑していた。父親が戦争にいくことがだれか他の人を殺すことだなんて思ってもみなかった。それに、敵国ドイツの人はみんな悪者だと思っていた。でも、ハンナをかわいがってくれるクラウスおじさんは、他でもないドイツの人なのだ。おじさんは町へ行けばドイツ人だというだけで冷たくあしらわれ、小さな女の子にさえひどい言葉を浴びせられている。それでもおじさんはいつも黙っている。ハンナは自分の考え方に疑問を持ち始める。
 ハンナは編みあがったセーターを婦人会にもっていった。「ソビエトにいるアメリカの兵隊さんへ」というメッセージははずしておいた。セーターを受け取るのがだれにしても、その人は凍えずにすむ。その人はドイツ人だっていいのだ。
 ある日、ウッドおじさんがいつものようにやってきたが、なんだか具合が悪そうだった。ウッドおじさんもインフルエンザにかかってしまったのだ。ウッドおじさんはとうとう寝たきりになってしまい、ハンナに打ち明け話をする。「ボストンからの手紙はこないよ。あんたの手紙は出してないんだ。だから返事はこない。おれのせいだ、悪かった。でも悪気があってやったんじゃない、あんたがいなくなったらクラウスが悲しむと思ったんだ」ハンナは怒りで体が震え、自分を抑えられなかった。ウッドおじさんは心から謝り、ありったけのお金を差し出して、「ボストンまでの旅費にしてくれ」といった。ハンナはそのお金を床にたたきつけた。クラウスおじさんは黙って窓の外をみつめ、ウッドおじさんはすすり泣いていた。
 ハンナは一人でうちに戻ると、クラウスおじさんが帰ってくるのを待って、歩いてでもボストンに帰ることにした。すぐにも妹たちのもとに駆けつけたかったが、クラウスおじさんに会って、お別れをいわずには帰れなかったので。おじさんは帰ってくると、こういった。「明日の朝、出発しよう。おまえさん一人きりじゃ心配で、とてもいかせられない」しかし、ハンナはクラウスおじさんが家を空けたりできるはずがないのを知っていた。ハンナはおじさんにこれ以上迷惑をかけたくなくて、夜中にこっそり出ていくことにした。
 ハンナが夜中にベッドを抜け出すと、どこからか自分を呼ぶ声がきこえた。その声は外からきこえてくる。ハンナは声に導かれて森に入ると、あのすみれ色の瞳の女の子がはだしで立っていた。いつもハンナを導いてくれた天使だ。ハンナが女の子を連れてひとまずうちに戻ると、クラウスおじさんが起きて待っていた。おじさんは女の子を見て驚いたが、「おまえさんはいってしまうんだな」といった。ハンナは女の子といっしょに汽車に乗り、ボストンへむかった。女の子ははだしで寒そうだったので、ハンナは自分のブーツを履かせてやった。
 ボストンへ着くと、女の子はいつの間にか消えていた。ハンナははだしのまま町を歩き回った。町は何もかわっておらず、まるで何もなかったかのようだ。ハンナは妹たちのことが気になり、すぐにうちにむかった。アパートは何一つ変わらずにそこにあった。窓から中をのぞきこむと、そこにいるのはヴァスティだけで、妹たちの気配もなかった。ハンナは、妹たちは死んでしまったのかと呆然とする。そうこうしているうちに、ヴァスティは出かけてしまった。
 ハンナは、せめてハリーに会いたいと思った。ハリーもインフルエンザで死んでしまっているかもしれない。ハリーのうちにつくと、ハリーのお母さんがいた。ハンナが話しかけようと近づくと、おばさんは恐ろしいものを見たかのように顔をこわばらせ、「出ていって!」といってつばを吐いた。ハンナはわけがわからず、夢中で外へ飛び出していった。
 ハンナが走り疲れて立ち止まってみると、そこは墓地だった。墓地にはオバダイアがいた。オバダイアは弟のネイサンとまちがえて、ハンナを抱きしめた。ハンナはネイサンとよく似ていたのだ。ネイサンはインフルエンザで死んでしまっていたが、オバダイアは弟が帰ってきたのだと信じこんで、ハンナがいくらちがうといっても信じようとしない。ハンナは説明するのをあきらめて、しばらくオバダイアの言う通りにすることにした。オバダイアは屋根裏にハンナを連れて行った。オバダイアは兵士として戦争に行かずにいたので、町の人にみつかってはまずいのだ。これまでは弟と妹の面倒を見る、という理由があったけれども、二人がインフルエンザで死んでしまった今は、そうはいかない。ハンナは、ボストンを出るまでは、オバダイアは戦争にいって戦おうとしない臆病者だと思っていた。だけど、そんなことをいう資格が自分にあったんだろうか? ハンナはすぐにもうちに帰って、近所のやさしい人たちに迎えられたかった。でも、以前自分がオバダイアを軽蔑していたように、近所の人から軽蔑されてしまうのかもしれない。ハンナはローズおばさんのお葬式もせず、妹たちを捨てて逃げ出したのだから。
 オバダイアとハンナは日中は屋根裏でじっとし、日が暮れてから動き出すようにしていた。オバダイアは何も食べず、ほとんど眠ってもいないようだ。ハンナはオバダイアは病気じゃないかと心配になった。ハンナはオバダイアに「何か歌って」と頼んでみた。オバダイアはすばらしい声の持ち主で、前はシナゴーグでみんなでうっとりして聴いたものだった。けれどもオバダイアは、「歌は歌わない。死んでしまった二人が戻ってくるまで歌わないと神に誓ったんだ」といった。むかし、オバダイアは歌っているときとても幸せそうだった。ハンナは、オバダイアは歌を歌うべきだと思った。クラウスおじさんだって、大好きな絵を描くべきだ。自分はどうなんだろう。自分の誓いは?
 そんなある日、町中に終戦を知らせる鐘が鳴り響いた。町中の人がおもてに出て、手に手をとって喜び、涙を流した。ハンナはオバダイアに、「戦争が終わったから、もう外に出ても平気よ」といって外へ行こうとするが、オバダイアはハンナの言うことがわからない。ハンナは一人で外に飛び出した。みんなが喜んで踊ったりしている。そのとき、ハンナを呼ぶ声がした。ハリーだった。ハンナがハリーのもとへ駆け寄ろうとすると、オバダイアが追ってきて、ハンナの腕をつかみ、引き戻した。オバダイアは、しっかりハンナの腕をつかんだまま、何かに追われるように人ごみを押しのけ進んでいく。ハンナはハリーを見失ってしまった。
 そのときだった。オバダイアの進む先にヴァスティの姿が見えた。ハンナは意を決してヴァスティを呼び止めた。「ヴァスティ。オバダイアを診てあげて。オバダイアは病気なの」ヴァスティはハンナの姿を見て驚いたようだったが、何も言わずにオバダイアを家に連れて行った。ハンナが後を追おうとしたとき、魚屋さんの奥さんがハンナを呼び止めた。「やっぱりハンナなのね。帰ってくると信じてたわ。あんたのためにずっと絵を描く紙を取っておいたのよ」奥さんはハンナを抱きしめた。そのときハリーもハンナをみつけた。ハンナはようやく自分が帰ってきたことを喜んでくれる人に迎えられた。
 ハリーはハンナの手をとって自分のうちに連れて行った。おばさんはハンナの姿を見てすぐに謝った。「ハンナ、この前はごめんなさい。はだしで入り口に立っているあなたを見て、幽霊が来たのかと思ったの」ハンナは奥の部屋に案内され入っていくと、そこにはリビーとイヴがいた。二人はハンナに飛びつき、ハンナは二人を抱きしめた。おばさんが説明してくれた。「あなたがいなくなってしまった後、ヴァスティがやってきて、二人を預かってくれるよう頼みに来たのよ。ヴァスティは町中の病人の世話をしなくちゃならなくてとても忙しかったし、私は二人の面倒を見てあげたいと思っていたところだったの。それに、あのヴァスティがお願いにきたんだから!」ハンナは、ヴァスティに町を出るようにいわれ、ヴァーモントでクラウスおじさんと一緒に暮らしていたことを話した。すると、ハリーがいった。「死んでないってわかってたんだ。ハンナがいなくなった日、これをみつけたからね。死んだんじゃないっていう、サインだと思ったんだ」そういってハリーが差し出したのはハンナがなくしたと思っていたユダヤの星だった。ハンナは思った。「これをハリーに残していったのはあたしじゃない。あの女の子がやってくれたんだわ」ハンナはハリーにいった。「ハリー、あたし天使を見たことがあるの。あの天使がいなかったら、きっとこうして帰ってこられなかったわ」ハンナが天使のことを打ち明けたのはこれが初めてだった。
 ハンナは、クラウスおじさんの教えてくれた方法で、ローズおばさんの割れてしまったカップを直した。妹たちは驚いて目を見張っていた。そして、ハンナはそれをもってヴァスティのうちをたずね、カップを返した。ヴァスティはカップを黙って見つめていたが、「継ぎ目が見えるわね」と冷たくいった。今までのハンナだったら、かっとなってそのままカップを割ってしまっていたかもしれない。しかしハンナはだまって、そのまま出て行こうとした。自分には妹たちも、ハリーも、ハリーのお母さんも、クラウスおじさんもいる。ヴァスティには誰もいないのだ。ハンナは立ち止まり、ヴァスティの背中にもたれかかった。ヴァスティは身をこわばらせたけれど、ハンナを振り払いはしなかった。ヴァスティはハンナをオバダイアの部屋へ案内した。オバダイアはベッドに横になり、何かぶつぶつつぶやいている。ヴァスティがたずねた。「オバダイアのことを嫌っていたのに、どうして助けてあげたの?」ハンナは、「だって人は助け合うものだから」といった。ハンナが「オバダイアを治せる?」ときくと、ヴァスティは、「オバダイアはもう治らないわ」といった。
 ハンナが外に出ると、あの女の子が通りを歩いているのが見えた。ハンナがついていくと、女の子はハンナとオバダイアが隠れていた屋根裏に上がっていった。屋根裏は女の子の放つ青い光でつつまれていた。ハンナを追ってきたハリーが屋根裏に入ってくると、女の子は消えてしまったが、そこにはハンナが女の子に履かせてあげたブーツが残っていた。ハンナがブーツを持ち上げると、片方のブーツの中に何か白いものが入っている。広げてみると、それはハンナと、クラウスおじさんと、すみれ色の瞳の女の子三人が並んでいる絵だった。そこにはクラウスおじさんのメッセージが書いてあった。「この女の子の片方の翼にはお前さんが、もう片方の翼の下にはわしがいる。だからわしらはいつもそばにいるんだよ」

【感想】
 前半部分では、食べ盛り、生意気盛り、甘えたい盛りの妹二人の親代わりとなるハンナの苦労、自分が甘えることのできる両親が不在である孤独、寂しさが描かれる。ハンナにはやさしいローズおばさんがいるものの、おばさんにはどこか気を遣っている。そんなハンナが心からだれかに依存することができるのは、作品後半に入り、クラウスおじさんに出会ってからである。後半は二人のあたたかな交流が印象的である。そして、二人は離ればなれになってからも、「すみれ色の瞳に、黒髪の女の子」の天使によってつながっている。こうした超現実的なものに半信半疑だったハンナに、「特別なもの」を信じることを教えてくれるのは他ならぬクラウスおじさんなのだ。この天使はそう頻繁に登場するわけではないが、物語の進行上の要所要所に現れ、ハンナを導いてくれる。作者自身、あとがきで「天使を見たことがある」と語っているが、この天使の存在が物語にあたたかみと神秘性を与えている。
 そして、全体のヒューマニスティックな筆致の内に、戦争・信仰といったテーマがもりこまれている。なかでもとりわけ印象的なのは、クラウスおじさんの口から語られる戦争の無益さである。クラウスおじさんの言葉は、戦争によって生産されるさまざまなイデオロギーに取り巻かれ暮らす現在のわれわれにはなおのこと示唆的である。ハンナがとまどいながらも、ドイツ人に対する考えなしの嫌悪感を改め、成長していく姿に、読者は共感と安堵を感じるだろう。


last updated 2003/9/8