管理者:金原瑞人

Francie 梗概

【書名】  Francie
【著者】  Karen English
【出版社】 Farrar Straus Giroux
【初版年】 1999年
【頁数】  199ページ

【作家紹介】
アメリカ、ロサンゼルス在住。教師であり、数冊の絵本の作者でもある。Big Wind Coming!(1996),Strawberry Moon (2001), Nadia’s Hands (1999), Speak English for Us, Marisol! (2000), Just Right Stew (1998), Neeny Coming, Neeny Going (1999)など。
2000年現在、邦訳書はなし。

【概要】
父親が出稼ぎにいってからというものの、白人のうちの家事を手伝うことで家計を支えている黒人一家。貧しさと人種的偏見にさいなまれる黒人社会の現実を描き出す。主人公の少女フランシーは、そうしたつらい生活の中にもささやかな幸せを見出し、成長していく。

【主要登場人物】
フランシー(あたし):主人公の黒人の少女。アラバマに住む。13歳。本が好き。
プレッツ      :フランシーの弟。10歳。
お父さん      :シカゴに出稼ぎにいっている。
お母さん      :白人のうちの家事をして働いている。
ペリー       :フランシーたちのいとこの少年。
ジェス       :16歳の黒人の少年。フランシーに字を習う。
ラファイエット先生 :フランシーたちのやさしい先生。
オーガスティン   :フランシーの同級生の少女。フランシーをいじめる。
ホリー  :白人の少女。フランシーに意地悪。
クラリッサ     :白人の少女。フランシーに本を貸してくれる。

【あらすじ】
 あたしは、ビーチさんの家にいった。いつもこのうちの洗濯を引きうけている母さんの手伝いをしなくちゃならない。でもあたしは、このうちの飼い猫のトレジャーが大嫌いだった。この猫は、あたしを見るといつもひっかいてくる。今日も、洗濯物を集めていたら、トレジャーが邪魔しにきたから、クローゼットの中に閉じ込めてやった。帰り際に、ビーチさんに「トレジャーを見た?」といわれたけれど、「いいえ、見てません」とそ知らぬ顔をしてうちに帰った。しばらくして、母さんが帰ってきた。母さんのけわしい表情を見て、あたしは身を固くした。弟のプレッツは震え出した。あたしは、母さんに庭から木の枝を取ってくるようにいわれた。びくびくしながら枝を手渡すと、いつものように、その枝を鞭代わりにしてこっぴどくお尻をぶたれた。「なんで白人のうちの猫にいたずらするの! 母さんの仕事をなくすつもり? ここで反省してなさい!」あたしは一人部屋に残され、いつのまにか眠ってしまった。
 翌日目を覚ますと、母さんは出かけたあとだった。「いってきます」もいわずに出かけてしまったのは、まだ怒ってるってことだ。シカゴにいる父さんからきた手紙も渡せなかった。あたしは手紙をひろげ、「あと少しお金がたまったらみんなをシカゴに呼んで、フランシーにはピアノのレッスンをさせてやるからな」というところを読み返した。毎日毎日、母さんと二人で、白人の家で皿を洗ったり、洗濯をしたりするのにはもううんざりだ。だけど、あと何ヵ月かしたら、シカゴに引っ越せる。そうすれば何もかもが変わって、こんな生活、抜け出せるんだ。
 あたしは学校では優等生だ。算数の問題も、一人一人教科書を音読する国語の時間も簡単すぎてつまらないくらい。ある日、算数のテストがあって、後ろの席のオーガスティンが答えを見せろといってきた。でもあたしは、オーガスティンを無視して、一番に答案を出した。するとオーガスティンは、「おぼえてろよ」と書いたメモを回してきた。あたしは怖くなって、街を通って家に帰ることにした。けれど、街でばったり母さんに会ってしまった。母さんはうちに帰ってくると、あたしに鞭打ちのお仕置きをしようとした。街にはいっちゃいけないことになっていたし、プレッツをうちにつれて帰る役目をさぼったからだ。「まって、母さん! あたし、怖かったの」「何が怖いって言うの?」「オーガスティンがおぼえてろよって言ったの。ほら、このメモを見て」そう言ってあたしがメモを差し出すと、母さんはプレッツを呼んでメモを読ませた。母さんは字が読めないのだ。母さんは「あんたが自分で書いたんじゃないの?」といったけれど、プレッツが「違うよ、フランシーが書いたんじゃない。だってつづりが間違ってるもん」といった。あたしはどうにか鞭打ちされずにすんだけれど、心は暗かった。
 翌朝、あたしはオーガスティンに待ち伏せされないように、いつもより早く学校へ行った。すると、見たことのない男の子がやってきて、授業に出たいといった。男の子はジェスという名前で、16歳だったけれど、「今まで学校に通ったことがないんだ」といっていた。ジェスは字を読むこともできなかったから、あたしは毎日放課後学校に残って、字を教えてあげることになった。
 ある日の帰り道、オーガスティンとその妹につかまってしまった。だけど、二人に乱暴されているところにジェスが助けにきてくれた。ジェスは二人が悪巧みをしているのを聞いて、心配して後をついてきてくれたのだ。
 ジェスに字を教えるのは楽しかった。ジェスはゆっくりだけれども、着実に進歩していっていて、それを見ているのは楽しかったし、ジェスといると、オーガスティンたちもあたしに手を出せない。ジェスは教科書にのっているオレンジの木の絵を指差していった。「これは何? どこにこんな木があるんだ?」「オレンジの木よ。カリフォルニアに生えてるの」「カリフォルニアってどこにあるんだ?」あたしは世界地図を出してきて、カリフォルニアの位置を教えてあげた。ジェスは、「いつかきっとカリフォルニアに行く」といった。
 ジェスは字を覚えようと必死で、あまり自分のことをしゃべったりしなかったけれど、次第に打ち解けていろいろなことを話してくれた。日の出のころに家を出て、7,8キロの道のりを歩いてきていること、これまでは学校にいきたくても小さい弟と妹の面倒をみなくちゃならなかったこと、ジェスを学校に通わせたがっていたお母さんが死んでしまって、学校へ行く決心をしたこと。あたしはジェスのために何かしてあげたくて、何度か夕食に招待した。でも、ジェスはいつも「学校にいっている分、すぐに帰って一日の仕事をしなくちゃならないから」といって断った。
 土曜日、あたしは母さんと一緒にビーチさんに謝りに行き、また働かせてもらうことになった。ビーチさんのアパートには、あたしたちのもう一人の先生、ラファイエット先生が住んでいる。先生は二週間ほど街にいっていて留守だったけれど、帰ってきたばかりだった。あたしは先生が帰ってきたのがうれしくて、大急ぎで先生の部屋へ洗濯物を取りに行った。先生は街へ行くといつもあたしにお土産の本をくれる。あたしが本が大好きなのを知っているのだ。あたしは先生に会うと早速、ジェスのことを報告した。
 ある日、ジェスのお父さんが学校にやってきた。教室の入口で、何も言わず怖い顔でジェスのことをにらんでいる。ジェスははじめ、気づかないふりをして教科書を見ていたけれど、黙って立ちあがり、お父さんと一緒に教室を出ていった。あたしは、ジェスがもう学校にこれないんじゃないかと心配になった。
 土曜日、あたしはいつものように母さんの手伝いをしていた。その日はたまたま早く仕事が終わり、早く帰っていいことになった。やることは決まっている。パイを買って、ラファイエット先生にもらった本を持って丘に行くのだ。そして、走って行く電車に手を振る。いつかその電車に乗ってシカゴに行くことを夢見て。でもその日は、いつものお店でパイが売切れだった。あたしはどうしてもあきらめられなくて、こっそり街まで買いに行くことにした。
 ディラーさんのお店には白人の子ども達が何人か集まっていた。あたしがパイを買おうとすると、ディラーさんがすごく高い値段を言ってきた。あたしは、黒人には売りたくなくてわざといっているのかと思ったけれど、どうやらあたしが家から持ってきた本も勘定に入っているみたいだった。あたしは自分の本だと説明したけれど、どういうわけか、お店の本棚から本当に一冊本がなくなっている。本当は、お店にいた白人の女の子達のうちの一人、ホリーが万引きしていたのだ。あたしは、ホリーが万引きをするのを前にも一度見たことがあった。ディラーさんは意地悪そうに「その本はお前さんのだという。だが、店からも一冊消えている。これはどういうことだ?」といった。あたしはホリーが盗んだとは言えなかった。黒人の子どもが白人の子どもを泥棒呼ばわりしたらどんな目にあうかわかっていた。あたしが黙っていると、入り口にいた白人の男の子たちが言った。「そいつが盗んだんだ。来たときは本なんか持ってなかった。この目で見たんだからたしかさ」あたしはかっとなり、思わずいってしまった。「これはあたしの本よ。しおりに使っているピンクの羽が証拠だわ。なくなった本が欲しいなら、そこにいるホリーのかばんを調べてみればわかるわよ」これをきいてホリーは真っ赤になって怒り、あたしに殴りかかった。ディラーさんが止めに入り、あたしに向かってこういった。「この店には二度と来るんじゃない」あたしは、楽しみにしていた本を取り上げられ、パイも買えず、泣きながら丘へ行った。いつものように電車がやってくるのを見下ろし、一生懸命に手を振った。「あの電車に乗って、この町を出ていってやるんだ」と思いながら。
 卒業式が来た。あたしは父さんが送ってくれた古着のドレスに、母さんから借りたイヤリングで正装して、大満足だった。そのうえ、学業成績優秀賞をもらえたのだ。いっぽう、オーガスティンは卒業できなかった。落ち込むオーガスティンを見て、かわいそうになった。あたしは、この不公平な世界でもなんとかやっていけるように、頑張って勉強した。でもオーガスティンにはそれがわかっていなかったんだから。
 日曜日、母さんと一緒にモンゴメリーさんのうち働きにいった。すると、庭でジェスが庭仕事をしていた。ジェスは、お父さんに連れ戻されて以来、ずっと学校に来ていなかった。声をかけたかったけれど、仕事があってできなかった。台所でケーキを作っていると、モンゴメリーさんの姪のクラリッサがやってきて、本をわたしてよこした。それは、ぬれ衣を着せられて、ディラーさんにとりあげられたのと同じ本だった。「あたしはあの本を盗んでないわ」というと、クラリッサはあたしを信じるといってくれた。庭にいるジェスを見て、字を教えてあげていたことを話すと、クラリッサは、ジェスにあげるようにといって『イソップ物語』も持ってきてくれた。
 ある朝、いとこのペリーがやってきた。妊娠していたおばさんが産気づいたのだ。母さんは今日ばかりは仕事返上でおばさんに付き添うことにした。やがて、かわいい女の子が生まれた。母さんは、「今日はあんたもお休み。これでパイでも買ってきなさい。プレッツの分もね」といってお金をくれた。あたしは、この前食べ損ねたパイと本をもって丘へ行った。丘から見おろすと、渡り労働者のテントがたくさんあった。すると、その中から同じくらいの年頃の女の子がやってきた。その子と話していると、どうやらお腹をすかせているようだったから、食べかけのパイをあげた。母さんはいつも「お腹をすかせた人がいて、何か分けてあげるものがあるなら、分けてあげなさい」といっていたのだ。あたしたちは友達になった。
 ある日、いつものように母さんと一緒に働きに出かけ、モンゴメリーさんのうちで床にワックスかけをしていた。するとクラリッサがやってきて、「あたしの部屋をみにこない?」といった。そんなことをしたら母さんにまた怒られるのがわかっていたから、「忙しくて、そんな暇ないわ」といって断った。けれど、クラリッサが「ねえ、ちょっとだけならいいじゃない」と何度も誘うので、とうとう母さんの目を盗んでクラリッサの部屋をみにいった。クラリッサの部屋は、本でいっぱいだった。そしてクラリッサは自分の秘密、小説を書いていることを教えてくれた。下で呼ぶ声がして、あたしが慌てて戻ろうとすると、クラリッサは厚い本を一冊貸してくれた。
 あたしがずっとジェスと会っていない間に、ジェスは追われる身になっていた。あちこちにジェスの顔写真が張られ、懸賞金がかけられている。ジェスが雇い主に襲いかかり、殺そうとした、というのだ。あたしはジェスがそんなことをするはずがない、と思って、なんとか逃げ延びてほしいと思った。
 シカゴから、いつもとはちがった文面の手紙が届いた。父さんが休みを取って帰って来るというのだ! みんな大喜びで父さんを迎える準備をして、その日が来るのを待っていた。けれども、結局父さんは帰ってこなかった。「よそへ働きにいった男は、そのうちむこうで新しい家族をもってしまい、もう帰ってこない」そうみんなはいっている。あたしもプレッツもがっかりしてしまった。前にもこういうことがあった。たくさんの楽しい約束も、いつも破られてきた。楽しみにしているピアノのレッスンの約束も、かなうことなんてないのかもしれない。母さんははじめから期待半分、あきらめ半分だったみたいだ。あたしたちはみんな、がっかりすることになれてしまって、うれしい約束からは一歩退くようになっている。
 ひとつ、奇妙なことがあった。父さんが帰ってくるのにそなえて、森の小川で冷やしておいたスイカがなくなっていたのだ。もしかしたら、森の中に隠れているジェスが食べたのかもしれない。ジェスはきっとお腹がすいているにちがいない。ジェスを助けてあげなくちゃ。そう思って、こっそり母さんの桃のシロップ漬けの瓶をもちだして、森の中に隠しておいた。すると次の日、プレッツが興奮して「森に隠しておいた瓶が空っぽになってるよ!」と報告してきた。本当にジェスが森に隠れてるのかもしれない。あたしたちはまた瓶をもちだして森に隠しに行った。けれども、すぐに母さんに瓶をもちだしたことがばれてしまった。あたしは母さんに説明した。「盗み食いをしたわけじゃなくて、ジェスにあげたの。ジェスはうちの裏の森に隠れているのよ」母さんは真面目な顔でいった。「いい、たしかにあの男の子のことはかわいそうだわ。でもね、あんたのしていることは危険なことなの。明日の朝一番で瓶を取りに行ってきなさい」
 あたしは瓶を取りに行かなかった。ジェスを助けてあげなくちゃ。保安官がジェスを探しにやってきた。あちこちの家で聞き込みをしている。保安官たちが森に入っていくのを見て心配になった。あの瓶が隠してあるのを見たら、あたしたちがジェスをかくまっているとわかってしまう。瓶には母さんの名前を書いたラベルが貼ってあるんだから。
 保安官たちが手ぶらで森からでてきて、車で走り去っていくのを見届けると、あたしは森に瓶を取りに行った。すると、一足先にきていたプレッツとペリーが、二人の白人の男に痛めつけられているのにいきあった。男たちは「牢屋にぶち込んでやる」と二人を脅している。二人とも怯えてしまって、泣きじゃくっている。あたしは足がすくんで、木陰に隠れたまま、動けなかった。二人は車でどこかに連れていかれてしまった。
 大変なことになった。あたしは大急ぎでおばさんのところに知らせに行った。おばさんは息子のペリーを心配するあまりヒステリーを起こした。母さんが仕事から戻ってきたので、母さんにも事情を説明した。母さんもおばさんもすっかり取り乱し、あたしを責めた。あたしもパニックになって、ただ泣いているだけだった。そのとき、表に車がやってくる気配がした。警察かもしれない、と思って電気を消してみんなで息を殺した。車から降りてきたのはクラリッサだった。クラリッサはうちに入ってくると、こういった。「うちのおじさんの車に、プレッツとペリーが隠れているのをみつけたから、つれてきたの」母さんとおばさんがかけだしていくと、後部座席の下にプレッツとペリーが横たわっていた。二人が泣きながら事情を話すのをきいていると、男たちが「牢屋にぶち込む」といったのは二人をからかって恐がらせていただけで、あたしがジェスをかくまっていたこととは無関係だったことがわかった。みんな胸をなで下ろした。
 次の日、あたしはプレッツに付き添っているように母さんにいわれて家にいた。すると、野原の向こうからこっちにむかってだれかが歩いてきた。ジェスだった! あたしはジェスをうちに入れて、お水と食べ物をあげた。あれこれたずねると、ジェスは事情を話した。「おれが雇い主を殺そうとしたなんてうそっぱちだ。あいつら、おれをバカだと思って給料をごまかしてたんだ。だから、働いた分だけお金をもらっていこうとした。そしたら、みつかっちまったから、逃げ出しただけなんだ」話をしているうちに、また保安官がやってきた。ジェスはあわてて隠れ、どうにかみつからずにやり過ごした。あたしは、ジェスにうちの庭の物置小屋に隠れているようにいった。
 次の日はまた母さんと仕事だった。あたしはジェスに食べ物をもっていくようプレッツに言いつけておいた。リバースさんのうちで掃除をしていると、保安官が話しているのがきこえてきた。「今度は一軒一軒、物置小屋の中まで調べていくことにしたんだ」ジェスを小屋から出さなくちゃ! あたしは仕事を抜け出して、大急ぎでうちへ戻った。でもジェスはいなかった。ジェスがいた気配もない。保安官が来たみたいだったけど、みつからずにすんだみたいだった。ジェスはさよならもありがとうも何もいわずにいってしまった。
 母さんに怒られるだろうな、と思いながら、リバーズさんのうちに戻った。待っていた母さんはこういった。「あんたが仕事を抜け出したのには何かわけがあるんでしょ。お仕置きをするか決める前にまずそのわけをきくわ」あたしは、ジェスをうちの物置小屋にかくまっていたこと、そうせずにはいられなかったこと、そして、保安官が来るのを知らせに仕事を抜け出したことを話した。「でもジェスはいなくなってた。たぶん保安官にもみつからずに逃げられたんだと思う」母さんは黙っていた。あたしは思い切ってきいてみた。「母さん、父さんがもしこのまま迎えにこなかったらどうなるの? みんなが父さんはこないっていってるわ」すると母さんがいった。「辛抱強く待つのよ。みんなはね、自分たちが出ていけないのに、だれかがここを抜け出していくのはいやなのよ」家についても、お仕置きの鞭打ちはなかった。母さんはいった。「土曜日も日曜日も働きづめなのにはうんざり。一度くらい、日曜日に教会へ行きたいわ」母さんが自分のしたいことを口に出すなんて初めてだった。母さんがきついことをいったりするのは、働き通しでいつも疲れているから。母さんはあたしたちのことを愛してくれている。母さんは、「今夜はジェスのために特別なお祈りをしましょう」といった。あたしは「母さん、教会へ行かなくても、神様にお祈りは届いてるよ」といった。
 父さんから手紙が来た。手紙には、お金がまだ貯まっていなくて、あたしたちを呼び寄せるのが一年くらい先に延びそうだと書いてあった。あと数ヶ月の辛抱だと思っていたのに、あと一年もこんな暮らしが続くなんて! これ以上はとても耐えられそうになかった。
 母さんは、父さんからの手紙が来て以来、何か考えているようだったけれど、ある日「引っ越す」と言い出した。「父さんがお金の準備ができていないっていってるのに、どうして引っ越せるの?」ときいても、母さんは「今は何もきかないで」としかいわない。ただ着々と引っ越しの準備を整え始めた。今まで働きにいっていた白人の家には暇をもらい、持っていけない荷物はおばさんにあげ、家を引き払う。あたしたちはそれぞれ新品の洋服を着て、駅まで送ってもらうため車に乗りこんだ。そのとき、近所の人が手紙をもってきてくれた。ちょうどあたしたちが家を出てから届いたのだ。不器用な文字でつづられた宛名を見ると、あたし宛だった。封筒を開けてみると、中には何も書いていないオレンジの木の絵のポストカードが入っていた。ジェスからだとわかった。カリフォルニアにいるんだ。あたしはポストカードを大事に本の間に挟んだ。ジェスは夢を叶えてみせた。あたしにもきっとできる。

【感想】
 人種差別がまかり通る社会の理不尽さ、そしてそうした社会で被差別者として生きるとはどういうことか、が描かれている。フランシーの一家の生活は、不幸と忍耐と落胆になじんだ生活であり、フランシーもプレッツも子どもながらそのことを認識している。フランシーが学校でいじめられ、怪我をしても母親に泣きついたりしないのは、母親は日々の労働に疲れ切っており、娘の異変にも気づけずにいることをわかっているからだ。むしろ母親によけいな心配をかけまいと「ころんじゃったの」とうそをつく。そして実際に、母親はそれ以上のことを想像するだけの余裕もない。
 また、フランシーの日常生活にしみこんだ人種的偏見にもとづく社会の不条理さは、たとえば、店に白人の客がいれば白人優先で、黒人にはぞんざいな態度が当たり前、というような描写で表される。とくに、ディラーさんの店でフランシーがあじあわされる屈辱はたとえ黒人の方が正しいことを言っているときでも、白人の顔を立てるためには理不尽が通り、黒人の方ではそれが理不尽だと知っていても、どうすることもできない、という現実を示している。そして、こうしたことの後、丘へむかってシカゴ行きの電車に手を振るのは、こうしたことから逃れたいという思いとシカゴ行きが密着していることを示している。これは白人社会の中の、黒人のコミュニティに生きる黒人たちの共通の思いであり、誰もが、黒人にとって理不尽を強いるこの街から逃げ出したいと思っている。またそれでいながら、いざ街を出る者に対しては羨望と嫉妬のまなざしが集まる、という矛盾もしっかり描きこまれている。
 この黒人のコミュニティには、何か事件が起こればそれがコミュニティ全体の脅威になるという意識があり、住人たちは閉塞感・危機感を共有し、ある種の連帯感をもっている。フランシーがジェスをかくまう一件でも、まず口にされるのは「あんたがそうすることで、家族みんなが、黒人みんながひどい目にあわされるのよ」ということである。白人と黒人の間の緊張関係は、両者の間に深い溝を作り出し、それは成長と共に子どもたちにもしみこんでいくのである。だがフランシーはこの黒人意識をまだ定着させておらず、自分の正義を通しジェスを助け、白人の少女クラリッサと心を通わせることもある。作者はこうしたフランシーの姿を描くことで希望をもりこんでいるといえるが、ここでもやはり、「油断しちゃだめ。白人は親切かと思うと冷たくなる。白人の気分次第なの」とフランシーの母親のにいわせており、溝の深さ、現実の哀しさを読者に提示することを忘れない。
 こうした重いテーマを提示しつつも、作品全体の素朴な描写は大きな魅力である。パイと大好きな本を持ってお気に入りの丘で読書をする。そして、シカゴへ行くことを思って、電車に手を振る。お下がりのドレスでも嬉しくてたまらない。母親のイヤリングを貸してもらえて幸せいっぱいにになる。こうしたフランシーのささやかな楽しみ・幸せは、貧しい生活を裏づけるものではあるが、読んでいて快い。また、恐がりで泣き虫の弟プレッツなど、小さい子どもの描写には、子どもらしいかわいらしさがあふれていて、ほほえみを誘う。

i looked at the money. it was like a ticket to heaven. i had a free day.(80)


last updated 2003/9/8