管理者:金原瑞人
「ザ・ウェブ」シリーズ レジュメ
●シリーズの概要
1997年からイギリスで出版されているヤングアダルト向けSF短編小説シリーズ。スティーヴン・バクスター、エリック・ブラウン、グレアム・ジョイスなど、イギリスを代表するSF/ファンタジー作家がそれぞれの作品を手がけており、すでに10巻以上のラインナップとなっている。
いずれも舞台は2027年~28年。電話回線を使って接続する「インターネット」ではなく、コンピュータ同士がネットワークを構築する「ウェブ」が主流となっているこの時代、子どもたちは「ウェブスーツ」と呼ばれる服を着て、VR(バーチャルリアリティ)の世界で授業を受け、「ウェブゲーム」で遊ぶ。
主人公は作品によって異なるが、初期の5作品を読む限り、「ソーサレス」(女魔術師)と呼ばれるウェブ犯罪者と、アリアドネという名の「ウェブコップ」(ウェブ犯罪を取り締まる警官)が共通して登場する。脇役が別の作品で主人公になる場合もある。各ストーリーは微妙にリンクしている。
それぞれの巻末には同一のウェブ用語集がついている。造語や世界観も全作品で共通している。1999年4月には、1~6巻の合冊版 “The Web : 2027” が出版された。
●各巻の概要(6巻まで)
1:”Gulliverzone” by Stephen Baxter 1997
2027年2月7日、世界平和デー。ウェブゲームが無料になるこの日、少女メタファは、大喜びでウェブスーツを着込み、弟とクラスメイトを連れてVRのテーマパーク「ガリバーゾーン」へ遊びにいった。しかし、小人に変身したことからハンディ・コンピュータが正常に作動しなくなり、もとの世界に戻れなくなってしまう。活発で明るい主人公が、小人の視点に立つことで成長していく物語。
2:”Dreamcastle” by Stephen Bowkett 1997
1巻で脇役だった少年サーファーが主人公。「ドリームキャッスル」というウェブゲームで活躍する彼は、500レベルに達したその日、これまで見たこともない美しい少女に出会った。現実の人間ではないと知りつつも、サーファーはその少女に魅せられ、ゲームの世界に溺れるうち、激しいウェブシック(長時間のウェブ使用により引き起こされる吐き気や幻覚)にかかってしまう。ウェブの恐ろしさを描いたシリアスタッチの作品。
3:”Untouchable” by Eric Brown 1997
(※この作品は未入手のため未読。他の作品の巻末にある紹介文によると、概要は以下の通り。)
ニューデリーのストリートチルドレンであるアナ・デヴィにとって、ウェブの世界で遊ぶことは夢のまた夢だった。しかし、兄弟が誘拐されたこと、それがウェブに関係あると知ったことから、なんとかウェブに接続するお金を工面しようとする。カーストが低く、誰も触れようとさえしない彼女に、救いの手を差し伸べる人間はいるのか。
4:”Spiderbite” by Graham Joyce 1997
ウェブの世界で危険を知らせたり、アダルトオンリーのサイトに入ろうとする青少年を威嚇したりする役目を担う「スパイダー」(蜘蛛)。主人公の少年コンラッドは、教育サイトの中にある「ラビリンス」に近づいたとき、どういうわけかこのスパイダーに襲われた。教育サイトなのになぜ? ラビリンスの奥にはいったい何があるのか? コンラッドと友人ふたりが、少年少女の洗脳を企むカルト教団に立ち向かう。
5:”Lightstorm” by Peter F Hamilton 1998
夜な夜な沼地に現れる謎の光。少年エニースレイは、その光を「ライトストーム」と名づけ、4人の仲間とともに真相究明に乗り出す。しかし、その行動が原因で、エニースレイは必死に隠してきた秘密を仲間に知られてしまった。理想の自分を作り上げることのできるウェブの世界で培った友情と、環境問題、そして障害者の苦悩を取り上げた物語。1巻の脇役だった小人が、主人公の友人のひとりとして登場する。
6:”Sorceress” by Maggie Furey 1998
「ソーサレス」と呼ばれ、全世界で恐れられているウェブ犯罪者の老婆。「ウェブ」の開発者のひとりであり、ウェブのすべてを知りつくしている彼女は、これまでも永遠の命を手に入れるためさまざまな悪事を試みてきたが、それが成就することはなかった。生命維持装置でかろうじて命をつないでいる彼女にはもう時間がない。少女を騙し、ウェブスーツを入れ替え、若い肉体を手に入れようとするが……。第1部完結編ともいえる作品。
その他(順不同)
”Cydonia” by Ken MacLeod 1998
”Webcrash” by Stephen Baxter 1998
”Computopia” by James Lovegrove 1998
”Spindrift” by Maggie Furey 1998
”Walkabout” by Eric Brown 1999
●1巻シノプシス
【書誌データ】
タイトル:Gulliverzone(仮題『ガリバーゾーン』)
出 版 社:Orion Children’s Books 1997年 ハードカバーISBN 1-85881-475-8
ページ数:113ページ
【作者紹介】
Stephen Baxter(スティーヴン・バクスター):1957年、リバプール生まれ。エンジニアや教師を経て執筆活動をはじめる。イギリスを代表するハードSF作家のひとりで、イギリスSF協会賞、フィリップ・K・ディック賞など、数々の賞を受賞。日本でも『天の筏』『時間的無限大』『フラックス』『虚空のリング』(いずれも早川書房)などが紹介されている。『時間的無限大』は96年に日本の星雲賞にも選ばれた。
【主な登場人物】
メタファ(本名セアラ)… 主人公の少女
バイト(本名ジョージ)… メタファの弟
ワイヤ(本名メグ) … メタファのクラスメイト
サーファー … ウェブで出会った少年
クレフヴェン … リリパット国の案内人
【あらすじ】
今日は20回目の世界平和デー。2007年に北朝鮮が韓国に原爆を落としてから、平和を求める声が高まり、この日が設けられた。テレビには、釜山の式典に参加するウィリアム王や、ラスベガスで演奏するロボット・ビートルズが映っている。でも、あたし(メタファ)は早くウェブに入りたくてたまらない。だって、今日はウェブで大人気のテーマパーク、「ガリバーゾーン」が無料になるんだもの!
支度をしていると、弟のバイトが一緒に行きたいと言いだした。なぜかクラスメイトのワイヤもやってきた。父さんは、ふたりを一緒に連れていってあげなさいと言う。生意気な8歳の弟と、クラスのみそっかすを連れていけですって?「ワイヤは両親が離婚したばかりでつらいんだよ。おまえだって、母さんが死んだときつらかっただろう?」ああ、もう、わかったわよ。一緒に行けばいいんでしょ。
あたしたちはさっそくウェブスーツを着て、襟の後ろから出ているコードを壁のソケットに差し込んだ。ブーツ、手袋、ヘルメット、すべて準備完了。しばらくすると、目の前に青空が現れた。もうウェブタウンの中にいる。といっても、ここはVR(バーチャルリアリティ)の世界で、あたしたちの本物の体は家で横たわっているだけ。絶対に怪我をすることのないウェブは、とっても安全な遊び場なのだ。
スポーツ、教育、コミュニケーションと、ウェブタウンの中にはいろんなブロックがあるけれど、あたしたちがめざすのはもちろんテーマパーク。サーファーとかいう気障な男の子の誘いを断り、手首につけたコンピュータにアクセスコードを入力して、目的の「ガリバーゾーン」に移動した。次の瞬間、あたしたちは巨人の手のひらに乗っていた。現実じゃないとわかっていても、30メートルも下に町並みが見えると足がふるえてくる。弟も泣きべそをかいている。あたしは平気なふりをして、弟を励ました。
そのとき、巨人が話しかけてきた。「どちらへ行かれますか? 今日はすべて無料ですよ。小人の国、リリパット? わたしたち巨人の国、ブロブディンナグ? それとも、空を飛ぶ島、ラピュタ?」巨人はガリバーゾーンの案内人だった。弟は「乗り物がいい!」と言ったけれど、あたしはリリパットを選び、「困ったことがあったら呼んでください」と笑いかける巨人と別れた。
3人でリリパットに入ると、今度はおもちゃのようなミニチュアの町が現れた。身長10センチほどの小人のクレフヴェンが町を案内してくれる。湖が見えたとたん、弟が喜んで走りだした。「だめだ!」というクレフヴェンの声を無視し、木につまずいて湖に飛び込み、そのまま沈んでしまった。あたしは驚いて後を追った。ところが湖の水は表面だけで、中は空洞になっていた。
湖の底には、貧民街といった感じの小さな町があった。おおぜいの小人に襲われて、あたしは地面にロープでしばりつけられてしまった。右のほうからは弟のすすり泣きが聞こえてくる。「コンピュータの脱出ボタンを押すのよ」と言ったものの、あたしも弟もぴくりとも動けない。そうこうするうち、クレフヴェンが奥さんと子どもを連れてやってきた。ウェブゲームのキャラクターが結婚したり、子どもを持ったりするはずがない!
クレフヴェンが言った。「わたしたちはゲームのキャラクターなんかじゃありません。実はコンピュータウィルスの一種で、このウェブの中で実際に生きているんです。ちゃんと意志も愛情も持っています。ウェブコップやリリパット女王の目を逃れ、小人の姿を借りて、この湖の中でひっそり暮らしてきました。あなた方に知られてしまったからには、ここから出すわけにはいきません」
話している最中、体長30センチほどのカブトムシのような生き物がぞろぞろとやってきた。ストラルドブラグと呼ばれる、女王の親衛隊だ。あたしたちが湖に沈むのを見ていたらしい。小人たちに襲いかかると同時に、あたしたちのほうにも向かってきた。根がやさしいクレフヴェンは、助けを求めるあたしと弟に、魔法の粉をふりかけてくれた。体がどんどん縮んで、ロープがゆるんでいく。ようやく自由になり、脱出ボタンを押すことができた。ところが何も起きない! コンピュータごと縮んでしまったために、信号の周波数が変わってしまったのだ。あたしたち、もう現実の世界に戻れないの?
仕方なくクレフヴェンと一緒に逃げると、ようやく地上に出た。ここまで来れば、リリパット人にまぎれていられる。あたしはあらためてクレフヴェンを見た。父さんと同じくらいの歳で、あたしよりずっと背が高い。さっきまでおもちゃみたいに扱ったり、注意を聞かなかったりしたことを申し訳なく思った。
クレフヴェンが言うには、体を大きくする魔法の粉は女王しか持っていない。親衛隊に襲われそうになったことを考えると、女王が助けてくれるとは思えない。クラスメイトのワイヤの姿も見えないので、あたしはリリパットに遊びに来ていた人間たちに助けを求めた。けれど、みんな「かわいいわね」と言うだけで、本気にしてくれない。「体が小さいと、真剣に話を聞いてもらえないんだ」というクレフヴェンの言葉通りだった。
クレフヴェンの奥さんに「ここで一緒に暮らしたら」と言われたけれど、本当の体が別の世界にある限り、そんなことは不可能だった。放っておけば、床に横たわった体がひからびて死んでしまう。それに、3時間以上ウェブにいると、戻ったときにウェブシックにかかってひどい目にあう。早く現実世界に帰らなくちゃ。話を聞いたクレフヴェンは、城まで案内しようと申し出てくれた。
安全に見えた地上も、実は危険に満ちていた。観光に来ている人間の足にいつ踏まれるかわからないし、普通サイズの動物や虫が襲ってくる可能性もある。あたしと弟は、スズメバチに刺されそうになったり、ネコににらまれたり、雨のしずくにつぶされそうになったりしながら先を急いだ。
城の手前には、人間用の託児所が設けてあった。子どもは1歳からウェブスーツを着てウェブの世界に入ることが認められている。託児所の中を慎重に進んでいたつもりが、赤ん坊のひとりにつかまってしまった。ぽっちゃりした口がどんどん迫ってくる。もうだめだ、と思ったら、顔中にキスされ、よだれまみれになった。
命からがら逃げだしたところで、これはゲームだと信じている弟に、現実世界に戻れなくなったことを打ち明けた。弟は涙をこらえながら、「困ったことがあったら呼んで」と言っていた巨人に助けを求めたらどうかと言った。あたしは、あの巨人は単なるゲームのキャラクターなのだと説明した。
そのとき、また誰かにつまみあげられた。ウェブタウンであたしをナンパしようとした男の子、サーファーだった。あたしは必死にサーファーに事情を説明し、父さんに連絡をとってくれるように頼んだ。ようやくあたしの話を信じてくれたサーファーは、あたしと弟とクレフヴェンをおもちゃの船に乗せ、城を囲んでいる堀に浮かべて押してくれた。
途中、カエルの攻撃を受けて船が転覆したものの、水に沈めないほど小さくなっていたあたしたちは、無事に城壁までたどりついた。クレフヴェンの後について、壁にあいた穴の中を通りぬける。この穴をあけたのは、サイバラットと呼ばれるコンピュータウィルスの一種。クレフヴェンたちとは違い、破壊行為を目的として暮らしている一族だった。
城の中に入ると、カブトムシの体に人間の顔をつけた親衛隊の隊長が「来ると思った」と言って待ち構えていた。あたしたちは隊員に引きずられるようにして広間へ連れていかれた。女王の声が聞こえてくる。「おまえたち、ここで永遠に暮らしたくはないかい? ここにいれば、病気になることも、年をとることも、死ぬこともないんだよ」あたしは一瞬迷った。母さんが死んだばかりの頃だったら、うんと言っていたかもしれない。でも、父さんや弟のことを考えたら、とてもそんなことはできなかった。
あたしが断ると、女王はひとりの人間を登場させた。姿が見えなくなっていたクラスメイトのワイヤだった。ワイヤは虚ろな目であたしをつかまえると、口の中に入れようとした。弟が叫ぶ。そして、クレフヴェンが怒鳴る。「永遠の命なんて嘘だ。女王は、人間たちを甘い言葉で誘って、そのコンピュータパワーを奪い取っているだけだ。自分のために利用したら、あとはお払い箱。死んでしまうんだぞ」
その声で意識が戻ったワイヤに、あたしは事の次第を説明した。ところがワイヤは、現実世界に帰りたくないという。「父さんと母さんが離婚したのはあたしのせいかもしれない。それに、かわいくて頭もいいあなたには、あたしの気持ちなんてわかりっこないのよ」あたしは反論した。「あんただって、親が死んじゃって、手のかかる弟がいるあたしの気持ちなんてわかんないでしょ。誰も他人の気持ちなんてわかんないんだよ。でも、現実の世界に戻ったら、あたしたち、友だちになれるかもしれない」
ワイヤは微笑むと、女王から2種類の魔法の粉を奪い、あたしに渡してくれた。親衛隊の隊長が襲いかかってくる。一か八かで青いほうの粉をぶちまけると、隊長はたちまち縮んで見えなくなった。魔法の粉を失った女王にはもう何の力もない。あたしは弟とふたりで赤い粉をかぶり、クレフヴェンに別れを告げて、3人一緒に現実の世界に戻った。
家に戻ると、あれからまだ2時間半しか経っていなかったことがわかった。あたしは父さんに事情を話し、ガリバーゾーンはただちに閉鎖された。弟は疲れ切ってベッドへ直行。ワイヤはウェブシックにかかり、大事をとって病院に運ばれた。あたしは性懲りもなく、「まだ30分はいいでしょ」と言って、火星ロケットの打ち上げを見るために、父さんと一緒にウェブに入った。
しばらくすると、クレフヴェンが家族とともに現れた。「女王がいなくなったお陰で、前よりも生活しやすくなったよ」と言い、お礼に『カリバー旅行記』という本をくれた。ああ、最初にこの本を読んでいれば! それから、巨人の案内人が現れた。「どうしてわたしを呼んでくれなかったの?」巨人は、女王のようなウェブ犯罪者を追うウェブコップだったのだ。ああ、弟の言う通りにしていれば!
次に現れたサーファーから「ドリームキャッスル」というゲームの話を聞いているとき、ロケットの打ち上げがはじまった。サーファーの声が、轟音にかき消された。
【感想】
タイトルからわかる通り、この作品はスウィフトの『ガリバー旅行記』がベースになっている。リリパット、ブロブディンナグ、ラピュタ、ストラルドブラグなどの名称もすべて『カリバー旅行記』からの引用だ。主人公のメタファのように、旅行記を読んでいなくても充分に楽しめるが、この”Gulliverzone”を読めば、おそらくスウィフトの原作も読んでみたくなるだろう。
小人や巨人など、登場する人物はいかにもファンタジーめいているが、内容はいたって現実的だ。それは、数学、物理、情報工学などを教えていたという作者のバクスターが、科学性の高いハードSFを得意としているからかもしれない。
この作品はシリーズの1巻のため、何も知らない弟を登場させることで、ウェブの世界の概要を解説できるよう工夫されている。いかにも説明口調になっている箇所も多少あるが、やはりこの作品を読んだあとに続編に入ったほうがわかりやすいだろう。リリパットの女王がウェブ犯罪者だとわかり、サーファーが「ドリームキャッスル」の話をするラストシーンは、2巻とその後のシリーズの内容を予感させる。この後、さらに複雑なウェブの世界が読者を待ち受けている。
全体的にはよくできたシリーズで、各巻のテーマもバラエティにとんでいて楽しい。外で遊ぶよりウェブで遊ぶほうが本当に安全なのか、疑似体験を積み重ねることによって人間の感覚はどうなってしまうのか、架空の世界で友情や恋愛は成り立つのか、もしウェブと現実の区別がつかなくなってしまったら……?
気になる点をあげるとすれば、2007年に北朝鮮が韓国に原爆を落としたという設定だろうか。これは、シリーズに共通の出来事として、他の作品でも言及されている(作者と相談して多少、変更する?)。このシリーズが書かれた当初は、南北対話など想像もできなかったに違いない。イギリスの王がチャールズではなくウィリアムになっているのはご愛敬としても、この点だけは慎重に扱う必要があるかもしれない。
last updated 2003/9/29