管理者:金原瑞人

【タイトル】
 ”Blazing Star”(『輝く星を追って(仮題)』)

【作者】
 Lynne Markham(リン・マークハム)
 英国ノッティンガム生まれ。ウェールズ州アベリストウィスの大学で図書館学を学んだのち、ボツワナへ渡り数年を過ごす。帰国後、図書館司書と教師の仕事を経て、作家業に。

【作者のほかの作品について】
 ”Ghost Sister”
  Egmont Books, 2003
 ”Cinderalf”
  Barrington Stoke, 2002
 ”Barney’s Headcase”
  Mammoth, 2001
 ”Deep Trouble”
  Mammoth, 2000
 ”Winter Wolf”
  Mammoth, 1999
 ”Lionheart”
  Mammoth, 1998
 ”Finding Billy”
  Mammoth, 1998
 ”The Closing March”
  Mammoth, 1997
 ”Getting It Right”
  Jonathan Cape, 1993

【出版社】
 Egmont Books

【出版年】
 2002年

【ページ数】
 154ページ

【主な登場人物】
 ジェフリー:天体観測とクラシック音楽が好きな内向的な少年。おばあちゃんと二人暮し。
 おばあちゃん:ジェフリーの祖母。趣味は社交ダンス。
 ロングホーン(ブレージングスター):ジェフリーの幻影に現れるネイティヴ・アメリカンの少年。
 ミシェル:ジェフリーのクラスの不良少女。ジェフリーをいじめる。
 ダレン:ジェフリーのクラスの不良少年。ジェフリーをいじめる。

※作中「インディアン」という言葉を使用するにあたり、作者は「イギリスの地方の町に住んでいる少年が使う言葉としては『インディアン』がより自然であると考えた。ネイティヴ・アメリカンの人々を貶める意図はない」と述べている。

【概要】
 両親がアフリカへ去ってから、おばあちゃんと二人暮しのジェフリー。両親に捨てられた痛みと学校になじめないつらさからジェフリーを救ってくれるのは、優しいおばあちゃんと、幻想の中に現れるアメリカン・インディアンの少年だった。彼との魂の交流を通じて、ジェフリーは日々の生活で必要とされる勇気と自尊心を得、さらに知らず知らずのうちに、あるつらい「事実」と向き合う心の準備をしていく。

【あらすじ】
 ジェフリーは天体観測とクラシック音楽が好きな中学生。ある日観測中に偶然見つけた赤い星に、何故だか強く惹きつけられる。あの星に近づきたい。あの星になりたい。そしてジェフリーは確かにその星に近づき、大きく変わっていった。

 ある日ジェフリーは、ダンス教室で足を痛めたおばあちゃんのために、近所の薬局へ行った。ジェフリーはおばあちゃん思いだ。もちろん愛しているからだが、おばあちゃんが死んでひとりぼっちになるのがこわいという気持ちもある。父さんと母さんが仕事でアフリカへ行ってから、ジェフリーはずっとおばあちゃんと2人暮しだ。両親に捨てられたのではないかと苦しむジェフリーを、おばあちゃんはいつも励まし、支えてくれていた。
 薬局からの帰り、近道の廃墟となった工場脇の路地に入ると、「インディアン」が立っていた。夕日を背に、瞳や髪が赤く輝く。不思議な威厳に満ちたその姿に、ジェフリーは畏れを感じ、その場を走って立ち去った。

 社交ダンスが趣味のおばあちゃんは、夕食後たびたびジェフリーにダンスの相手をさせる。ちょっと気恥ずかしいけれど、ジェフリーはおばあちゃんとダンスをするのは嫌いではなかった。おばあちゃんのステップは軽やかで、一緒に踊っていると楽しくなる。でも、こんなことを学校のみんなに知られたら、また何かいわれるんだろうな……。
 ジェフリーの学校生活は最悪だ。クラスには、授業を妨害してばかりのシェーンや、気に入らないとすぐに人を殴るダレン、その取り巻きがたくさんいた。そんな連中もかなわないクラス一の不良はミシェル。先生たちも、手がつけられない。おとなしいジェフリーは、いつもクラスで格好のからかいの的になっていた。

 その日も、学校でのごたごたに気分が滅入ったジェフリーは、例の「インディアン」に会いに工場へ行ってみた。建物の中で廊下の壁に描かれた星の絵を見つけた。中心は深い赤、銀色に輝く光の尾。見つめているうち、目の前が不思議な光に満たされていった。
 気付くと、広い草原に立っていた。目の前にインディアンの少年がいる。古くからの知り合いのように肩を抱き、ジェフリーを「マジックアイズ」と呼んだ。「ロングホーン」と名乗った少年は、「弓矢の的当てをしていたんだ。君が僕に勝ちの運を運んできてくれた」と、戸惑うジェフリーに無邪気に笑いかける。ジェフリーが思わず「君のことは知らないよ」と答えると、とたんに景色が変わり、気付くと再び工場の廊下に立っていた。「ううん、知ってるよ」ロングホーンの声が、微かに耳に残っていた。
 翌日もジェフリーは工場を訪れた。再び同じ草原へ。ロングホーンと一緒に馬に乗って大きな河を渡り、村へ向かった。女達が働き、子ども達が遊んでいる。ロングホーンの父親にも会った。無言でジェフリーを見つめるその目には、静かな強さと誇り、そして優しさがあった。

 数学の先生はとくに気が弱く、授業はいつもめちゃくちゃだった。金曜日の1時間目。いつもは静かにするように声を張り上げる先生が、教壇でいきなりモーツァルトの曲を流した。音楽に集中させて授業に引き込もうと考えたのだ。一瞬静まり返る教室。でもすぐにミシェルたちの反発が始まった。先生は曲の題名をクラスのみんなにたずねた。いつもクラシック音楽を聴いているジェフリーは、つい手をあげて答えてしまう。とたんにクラス中が「クラシック好きのいい子ちゃん!」とはやし立てた。その日は、ミシェルを中心にした不良連中から、いつも以上にひどくからかわれることになった。
 ミシェルはすぐに人を冗談の種にする。でも冗談ばかり言うわりに、ミシェルはほとんど笑わない。こんなとき、父さんがいたら、話ができるんだけどな。父さんはいつも、どんなことでもきちんと話をしてくれたっけ。でもアフリカに行ってからは、手紙をくれたことは一度もない。それに、もうすぐ弟か妹ができると言っていたのに、赤ん坊にもまだ会っていない。

 週が明けても、学校での状況は変わらなかった。放課後、ジェフリーの足は工場へ向かった。ロングホーンは、深い雪の中で待っていた。嬉しそうに笑い、あたたかな仕草でジェフリーの肩を抱く。ふたりでそりに乗り、雪だらけになって丘を滑り降りた。ロングホーンの父と再会し、その揺るぎのない存在感に安らぎを覚えて、ジェフリーは深い雪の中に佇んだ。気付くと、全身びしょぬれで、工場の廊下に立っていた。ロングホーンは、僕の中に何を見ているんだろう? ロングホーンの凛とした強さ、美しさこそが、僕のなりたいと思う姿だけど、実際の僕は……。
 おばちゃんとの夕食後のダンスも続いていた。数週間後に、ダンスパーティ「ガーラナイト」が開かれる。おばあちゃんはジェフリーと出たいと言い出した。豪華なディナーが出るし、上手なペアが表彰される企画もあるから、きっと楽しいはずだと言うが、ジェフリーは気が向かない。それでもおばあちゃんの熱意に、少しずつ気持ちが傾いていった。

 おばあちゃんが体調を崩し、寝たり起きたりの生活がしばらく続いた。苦しそうなおばあちゃんを見ていると、いてもたってもいられない。死んじゃったらどうしよう。ひとりぼっちになったらどうしよう。学校でも家でも、心配で何も手につかない。
 そんな中、ジェフリーの心の支えはロングホーンだった。
 あるとき、ロングホーンはいつもと様子が違った。たった2、3日ぶりなのに、ジェフリーよりもずっと背が高くなり、大人びて見えた。ロングホーンは馬に跨り、その厳しい瞳の先にはバッファローの群れがいた。ロングホーンの弓が1頭の雌に向けられる。殺さないで! ジェフリーは心の中で叫ぶが、弓はみごとに命中する。ロングホーンは目に涙を溜めて天を仰ぎ、祈りの言葉を捧げた。獲物を与えられ、命を与えられたことに。そして「初めての狩りだったけど、君のおかげで成功した」と、ジェフリーに笑いかけた。
 また別の日には、老インディアンの戦士と会った。老人は、自分の名を受け継ぐようジェフリーに言い、代わりに力と勇気を与えると告げた。ロングホーンは、大人の証として「ブレージングスター」という名を新たに与えられた。誇らしげな顔。自分は決して君のようにはなれない、なぜ自分がここに呼ばれたのがわからない、そう言うジェフリーに、ブレージングスターは「君が来たいと望んだからだよ」と答えた。

 ジェフリーは少しずつ変わっていった。学校でダレンにからかわれたとき、肩を強く突いてやった。次の日も、後ろの席から嫌味を言い続けるダレンの机を押し返した。ふとミシェルがこっちを見ているのに気付いた。笑顔? いや、すぐにいつもの仏頂面に戻る。また別の日、授業中にはやしたてられたとき、強い調子で言い返してクラス中を黙らせた。放課後、ちょっかいを出してきたクラスメイトを、ミシェルが追っ払ってくれた。
 それからもジェフリーは、いじめに負けなかった。ただし、ダレンと本格的な殴り合いになったときには、自分が勝てると思っても決定打を与えない。頭の中で、だめだという声がきこえたからだ。

 元気になったおばあちゃんは、「ガーラナイト」に向けて、毎日ジェフリーにダンスのステップを仕込んだ。おばあちゃんのダンス仲間であるアイビーやヒルダが訪ねてきて、一緒に練習することもあった。
 ある夜、おばあちゃんのお使いで外に出たジェフリーは、気付くと厳しい寒さの中、狩りをしているブレージングスターの横にいた。その顔はやつれはて、目の光も失われている。今にも倒れそうな友人に、ジェフリーはポケットのチョコレートを差し出した。しかしブレージングスターはそれを半分に割ると、静かに微笑んで大きな方をジェフリーに戻す。そしてようやく1頭のバッファローをしとめ、ジェフリーに「君のおかげだ」と微笑みかけた。村には、もう女達や子ども達の姿は見えない。ブレージングスターの父親もひどくやせ衰えていたが、その目にはかつてと同じ静かな誇りと優しさがあった。

 ミシェルはもう、ジェフリーをいじめない。昼休み、ミシェルに煙草を勧められ、ジェフリーは「体に悪いから」と断った。ミシェルが微笑む。「あんた、おもしろいよね。なんていうか、『自分』があるって感じ。人のことなんか、気にしちゃいないんだ」。
 また別の日、ジェフリーが、夜はいつもおばあちゃんとダンスの練習をしているんだと言うと、ミシェルは顔が真っ赤になるほど笑ってから、自分のおばあちゃんとダンスするなんて最高、あたしにも教えて、と言った。

 ブレージングスターはこのところ、会うたびどんどんに成長していた。今では青年になり、馬に跨る姿は誇りと威厳に満ちている。もうじき本当の大人になって、僕のことなんて相手にしたくなくなるかもしれない……。
 そんな不安がさらに増す出来事があった。天体観測の仲間と流星群を見ていたときのことだ。望遠鏡の中に絶え間なく見えていた流星が、ふいにすべて消え、暗黒の空間が広がった。その瞬間、ジェフリーは胸に鋭い痛みを覚え、ブレージングスターに何かが起こったとわかった。
 帰り道、ジェフリーは偶然ミシェルと行き会った。ミシェルは、この近くに母親と伯母とで住んでいるという。ジェフリーが星を見てきてこれから帰るところだと聞くと、ミシェルは自分は家に帰っても誰もいないから、ちょっとだけダンスを教えて欲しいと頼み込む。仕方なく、ジェフリーは暗い裏通りでミシェルとワルツを踊った。

 土曜日は「ガーラナイト」の日だった。おいしい食事。華やかな雰囲気。ダンスの時間には、おばあちゃん以外にも、たくさんの女性達に頼まれて一緒に踊った。さらにおばあちゃんとジェフリーは、その日のベストペアに選ばれて表彰までされる。おばあちゃんは、何よりもジェフリーとふたりで楽しい時間を過ごせてよかったと笑う。ジェフリーも同じ気持ちだった。しかし天井から赤い風船が落ちてくると、目の前の光景が一変した。風船が血のしずくに変わり、その向こうにブレージングスターの姿が見えたのだ。ジェフリーはブレージングスターに何が起こったのかを確かめなければと思った。
 月曜日、工場へ向かうジェフリーの目の前に、突然ブレージングスターが現れた。もう立派な大人だったが、目の輝きは少年の頃と変わらない。ブレージングスターは、他の部族に囚われて殺された父親の仇をとって、初めて人を手にかけたと言った。その目に浮かぶ哀しみに、ジェフリーは胸が詰まる。自分の本当の名前を打ち明けたジェフリーに、ブレージングスターは言った。「ジェ……フ、僕は人を殺すのがこわくて、君に祈っていた」。ジェフは思わず叫んだ。僕がいつも勇気をもらっていたブレージングスターに、こわいものなんてあるわけがない。僕はずっと、人と違うことがこわかった。みんなになじめないのがこわかった。友達と呼べる人がいないことも。今まで絶対に認めたくはなかったけど、父さんと母さんが死んだことも……。
 別れ際、ブレージングスターは言った。おそれる気持ちは恥ずかしいことじゃない。おそれを知らない人間は、真の勇気をもつことができないのだから。何をしているかは、神が見ている。力はいつも君とともにあるんだ。そしてこれからも僕たちは、夢でいつでも会える。
「ジェフ」は、ひとり路地に立ちすくんでいた。目の前に、例の「インディアン」がいた。明るい光を背に、赤く輝く目と髪。ブレージングスターのように大きくまぶしい姿。そのとき光が消え、全てが消えた。

 翌日、ジェフの心は穏やかだった。ミシェルとは、今度うちでおばあちゃんも一緒にダンスをする約束をした。おばあちゃんには、これからは「ジェフ」と呼んで欲しいと頼み、父さんと母さんが死んだことを受け入れたと打ち明ける。ふたりは、1週間の予定でアフリカへ行き、飛行機事故に遭って亡くなっていたのだ。ジェフの苦しみを見守り続けてきたおばあちゃんは、心から安心の涙を流した。そしてミシェルを家に招待したことを告げられると、今度は嬉しそうに微笑んだ。

 ジェフの目には、今も強い光を放つ真っ赤な星が見えている。他の誰にも見えなくても、ジェフの目にだけは。

【感想】
 主人公の現実と幻想が折り重なって進行し、ファンタジー的要素も濃いが、全体の手触りとしてはむしろリアリズム作品である。つらい現実の中で自分自身をみつめる少年の一人称で、物語は静かに進む。

 ジェフリーは、天体観測やクラシック音楽、おばあちゃんとの社交ダンスなど、自分の世界を大切にしている。一方でクラスメイトとなじめない自分に不安もある。10代前半の揺れ動く心理が、感情的な記述を排し、具体的な出来事の中で叙事的に語られる。それが湿っぽさのないリアルな少年の成長物語の色合いをはっきりさせ、また逆にジェフリーの切実な思いを伝える効果をも持つ。いじめっ子だったミシェルが次第にジェフリーに惹かれる姿も、垣間見えるミシェルの影の部分も、その淡々とした語り口だからこそ、感傷に流されず自然でまた説得力のある流れになっている。
 また、両親を亡くしたことを受け入れられずにいるジェフリーを支え、見守るおばあちゃんの存在は、物語全体に流れるあたたかな雰囲気の源となっている。

 ロングホーン(ブレージングスター)たち「インディアン」は、ネイティヴ・アメリカンに対する白人の理想主義的な描き方で、ステレオタイプといえないこともない。とはいえ、少年が「幻想」の中に自分の理想像として描く世界であると思うと、それも大きな欠点ではない。ロングホーンとともに、現実の世界と異なるさまざまな体験をし、じょじょに勇気と自尊心を身に付けていくジェフリーと、「生」の苦悩に立ち向かうロングホーン(ブレージングスター)。ふたりの姿は苦しいほどにいじらしく、また美しい。

 決して難しい作品ではないが、大切なことをきちんと手渡してくれるこの作品は、日本でも小学校高学年から中学生くらいの子どもにきっと受け入れられると思う。ジェフリーが置かれている状況は、日本の子ども達にとっても決して遠いものではないからだ。


last updated 2003/12/24