管理者:金原瑞人
Zia Summer (1995) Rudolfo A. Anaya
346pp. Warner Books
主な登場人物
サニー・バーカー 主人公。ハンサムな三十歳の私立探偵。
リタ サニーの恋人でレストランの経営者。
ドン・エリセオ サニーの隣人で相談相手。大地に根ざした伝統的な生活を送る八十歳の老人。
ロレンツァ・ビリャ リタの友人のクランデラ(女祈祷師)
ハワード・パウェル サニーの親友。警察官。
ホセ・エスコバル サニーの協力者。牧場主。
グロリア・ドミニク 猟奇殺人の被害者。サニーのいとこでかつての恋人。
フランク・ドミニク その夫。市長選出馬をねらっている。
アキラ・モリノ 日本から来たビジネスマン。グロリアの恋人。
レイヴァン エコロジストの仮面を被ったカルト教団を率いるテロリスト。別名アンソニー・パハロ。
タマラ・ダブロンスキー 美貌を誇る未亡人。レイヴァンのパトロン。
ベロニカ レイヴァンの四人の妻のうちのひとり
あらすじ
私立探偵サニー・バーカー・シリーズ第一作。教師をやめて私立探偵できままに暮らすサニーのもとに、いとこでかつての恋人グロリアが殺害されたという知らせが入る。彼女は何者かに全身の血を抜き取られて殺された。警官で友人のハワードは、この事件にはレイヴァン率いるカルト教団がかかわっていると推理する。レイヴァンは太陽を崇拝するアステカ古来の宗教を曲解し、混沌と破壊こそが世界の再生への道であると考え、州が許可したプルトニウムの輸送トラック爆破を計画していた。グロリアはその成功を願う儀式のいけにえにされたのだった。叔母から事件の解決を依頼されたサニーは、エリセオ、恋人リタらの助けを借り、事件解決に乗り出す。
作者ルドルフォ・アナヤは処女作『ウルティマ、ぼくに大地の教えを』でチカノ(ニューメキシコを中心とした南西部に以前から住むメキシコ系アメリカ人)文学の代表作家となった。『ウルティマ』は作者の自伝的小説で、七歳の少年アントニオが年老いたクランデラ(女祈祷師)ウルティマとともに悪と戦い、精神の強さとチカノの伝統的な知恵を身につけていく過程を描いている。この作品の中で1940年代のチカノを脅かし、ウルティマをして「自然の調和を破壊する」といわしめた核の脅威は、本作品の中では破壊の権化レイヴァンとなって再び主人公らを脅かすことになる。大地との絆を重んじるプエブロ族(南西部に住むアメリカン・インディアン)の文化を引き継ぐチカノとして、また、核開発の拠点ともいえるロスアラモス研究所を同じ州の中に抱える者として、アナヤが抱いていると思われる核に対する不安が作品に反映されている。また、登場人物や風景、建物、料理、ファッションなどの描写が、ニューメキシコの日常を生き生きと描き出している。
主人公サニーは決してスーパーマン・タイプではない。マザコンで女に弱く、容疑者にすぐ同情し、何度もあやうく命を落としかける。が、そのたびに多くの仲間や祖先の知恵が彼を助ける。アナヤがそれまでの作品で表現してきたこと――自然との調和、伝統への敬意、故郷への愛情、母性への思慕、共同体の温かさ――などを表現する場を探偵小説というジャンルにおいて新たに獲得したのでは、と思わせる作品である。
物語
1
チェインソーの刃がサニーの足を切断しようとしていた。不気味な響きとともに足に灼けるような痛みが走る。悲鳴がのどからほとばしり出たとき、サニーは自分の声で目がさめた。生々しい感覚が残っている。が、大丈夫だ、足は二本とも無事だ。ただの夢じゃないか。サニーは安堵のため息をつきながら、さっきの女は誰だったのかと考えていた。女を泣かせたことがない、なんてことは口が裂けてもいえない。が、あんな目にあうほど酷い仕打ちをした覚えはない。あの女は本気でサニーを殺そうとしていた。それにあれはずいぶんいい女だった。あれほどの女を忘れるわけがない。悪夢は禍いの前兆だ、という母親の口癖がサニーの頭をよぎった。
「結婚しましょうよ。」女のことをあれこれ考えているうちに、サニーは夕べのリタの言葉を思い出していた。彼女はすばらしい女だ。体の相性もいいが、それ以上に自分を惹きつけるものが彼女にはある。だが俺はまだ若い。三十歳で身を固める必要もないだろう。リタはいつか俺を飼い慣らしてみせる、なんて言っていたがとんでもない、俺はウマじゃないぞ。もっとも彼女は俺を野生のコヨーテだと呼んでいたが。
サニーは窓をあけて夏の早朝の空気を味わった。向かいのドン・エリセオは早起きだ。サニーを見つけると、コーヒーを飲みにこい、と声をかけてきた。身支度をして外に出ようとした時、電話が鳴った。「早く来て」叔母のデルフィナの声だ。今まで一度だって電話をかけてきたことはなかったのに。いぶかしく思うサニーの耳にショッキングな知らせが飛び込む。「グロリアが殺されたの。夫のフランクから電話があったの。あの子の家まで連れてってちょうだい。待ってるわ」その言葉を最後に電話は切れた。
2
サニーと十歳年上のグロリアはいとこであり、一時は恋人でもあった。十代で父を亡くした彼にとって彼女は母親以上に心を許せる相談相手だった。が、サニーがハイスクールを卒業した年、彼女はその美貌を武器に成功を収めようと単身ロスへ向かったのだった。時折サニーのもとに届いた住所の書かれていない手紙以外、彼女の三年間の生活についてはいまだに何もわからない。モデルをやっているとか、映画監督に認められたといった話には嘘の匂いがした。三年後戻ってきたとき、彼女にはもとの明るさはなかった。やがて彼女は町の名士のフランク・ドミニクと結婚した。それが愛のない結婚であることはサニーにはすぐにわかった。が、彼にグロリアを責めることはできなかった。彼もまた、グロリアへの思いを断ち切るために、アンジーという女性と短い間愛のない結婚をしたからだ。グロリアにとってはフランクの名声と財産が、フランクにとっては彼女の血筋が必要だったのだ。彼女に流れる英雄ドミンゲスの血はアルバカーキの市民にとってはたまらない魅力だった。フランクはドミンゲスの子孫を妻にすることで出馬を予定している市長選の票を大量に獲得しようと考えていた。そんなわけでふたりの結婚披露パーティーは盛大に行われた。サニーはその時に踊ったグロリアのぬくもりが今でも体のどこかに残っているような気がしていた。
3~4
サニーはデルフィナとともにドミニク邸に駆けつける。サンタフェ・スタイルのしゃれた居間で、サニーの友人で警官のハワードがふたりを迎える。ハワードとは、用水路でおぼれかけた彼の娘を偶然サニーが助けて以来のつきあいだ。サニーは探偵という職業柄、ハワードの情報にいくども助けられてきた。もっとも、サニーの探偵としての名声をおもしろく思わない人物もいる。警察署長のガルシアはそのひとりだ。案の定サニーの姿を見ると、この事件に首を突っ込むな、とクギをさしてきた。
グロリアの寝室で死体と対面したサニーは禍々しい空気が自分を取り巻くのを感じる。部屋全体に、無念の死をとげたグロリアの怨念が漂っているようだ。強盗を装っているが、あきらかに計画的な犯罪だった。死体からは血が抜き取られ、かわりにライラックの香りのハーブ水が注入されていた。へそのまわりには円を中心に四本の放射線を配したシアのマークが彫られている。シアは古代アステカの太陽崇拝のシンボルだ。遠い昔アステカ人は太陽の再生を祈願して血を捧げていた、といわれている。ロウの匂いに気づいて目をやると、ドレッサーの上に四本のろうそくをのせた古い燭台があった。グロリアの趣味ではない。ハワードは事件とカルト教団との関わりを探ろうと考えていた。実はすでに一年前にも、資産家の老人の未亡人であったドロシー・グラスがやはり血を抜き取られて殺される事件が起きていたのだ。ハワードはさらに、彼女は妊娠していた可能性がある、と告げる。ドミニクとの間に愛はなかったはずだ。としたら赤ん坊の父親は誰か?
デルフィナを家に送り届ける車中で、彼はグロリアが夫から多額の保険金をかけられていたことを聞かされる。デルフィナはフランクを嫌い、彼が娘を殺したものと信じていた。デルフィナは肌身はなさず持ち歩いていた全財産――わずか二十ドルの入った古い財布――を私立探偵であるサニーに握らせ、犯人を見つけてくれと懇願する。
5
手がかりを求めて図書館にでかけたサニーは友人で司書のルースの助けを借り、最近連続して起きている奇妙な事件から手がかりをつかむ。手口も理由もわからないまま、舌や性器を切り取られ血を抜かれた家畜の死体があちこちでみつかっているのだ。地図で事件の起きた場所を辿っているうちに、サニーは死体の発見現場がサンディアを中心に円を描いていることを発見する。サンディアにはレイヴァン(カラス)と名乗る男を教祖にいただくカルト集団が住み着いていた。彼は四人の妻と四人の子どもをもつ自由恋愛主義者だった。周囲と隔絶したアジトを空から撮影した写真をみたサニーは、全体がレイヴァンの住まいを中心にとしたシアの形をとっていることに気づく。
6~7
恋人リタのもとで食事をとるサニー。顔色の優れない彼にリタは邪気払いを受けたほうがいい、とアドバイスする。彼女はチカノの民間療法に詳しく、霊の存在や癒しの不思議な力を信じていた。帰宅したサニーに同じく古代の知恵に精通した隣人ドン・エリセオが声をかける。エリセオはサニーに一週間ほど前にみた不思議な事件のことを語る。奇妙な光を見つけた彼と友人たちがその光のみえたあたりにいってみると、高温で一気に焼いたような草のこげた跡を見る。そこにはカラスのものと思われる黒い羽が四枚落ちていた。太陽崇拝にはワシの羽を用いるのが普通だ。カラスは死の象徴。これは邪悪な存在からサニーに向けられた挑戦状だ、とエリセオが言う。身も知らぬ相手からの挑戦など信じられないサニー。部屋に戻った彼の電話には謎のメッセージが録音されていた。「事件にかかわるな。さもないと命はない。」さらに追い打ちをかけるように、ハワードから事件現場に近くにイヤリングが片方落ちていたという情報が入る。そのイヤリングはシアのマークとカラスの羽をかたどったものだった。サニーは事件の手がかりを求めてドミニク邸へ戻る。
8~9
電話中のフランクを物陰からうかがうサニー。と、一台の車が止まり、玄関先でフランクとなにやら言い争いを始める。すきをついて邸に進入するサニー。訪問者は日本人の実業家モリノだった。二人の会話からサニーはモリノがグロリアの恋人だったことを知る。どうやらグロリアの赤ん坊の父親はモリノらしい。愛のない結婚生活をおくるふたりはそれぞれに愛人をつくっていたのだった。
母を訪問したサニーは、彼女にマックスという恋人がいることを知り、ジェラシーをおぼえる。が、そんな気持ちも恋人リタはやさしく解きほぐしてくれた。サニーはリタのあたたかい癒しの力に深く惹きつけられていく。
10
リタとともにシンフォニーホールのパーティーに出席したサニーはすでに顔見知りだったタマラと出会う。ロシア生まれとも東欧生まれとも噂される彼女は五カ国語に通じ、今は亡き夫の莫大な遺産で悠々自適の生活を送る一方、霊能力者としても有名だった。彼女のもとには亡き夫の降霊を依頼する未亡人が絶えず訪れていた。サニーは彼女の紹介で反核運動家のアントニー・パハロと知り合う。反核運動家のイメージからはほど遠いスマートな男で、漆黒の髪をきっちりとポニーテールに結わえ、胸にはシアをかたどったメダルをさげていた。パハロはこのたび州が許可した核廃棄物の輸送の危険性を熱心に説き、ともに戦おうとサニーを熱心に誘う。その姿をそばで眺めるタマラの熱い視線に、サニーは彼女の心酔ぶりを感じ取る。が、パハロにはどこか危険なにおいがした。リタもまたパハロに不吉なものを感じる。
11
グロリアの葬式が警察のものものしい警備の中で執り行われた。リタとともに参列したサニーにタマラが熱い視線を送る。リタはタマラにも禍々しい雰囲気を感じていた。と、よそよそしいばかりに整然と行われる式の静けさを突然破る者が現れる。グロリアの弟で麻薬の売人をしていると噂されるトゥルコだ。彼は姉を殺したのはおまえだ、とドミニクにつかみかかり、参列者たちに追い出される。棺を前に、ハワードがサニーに耳打ちする。棺の中にグロリアの遺体はない。異例のことだが、昨晩解剖とともに火葬されてしまったのだ。妊娠が発覚しスキャンダルになることをおそれたドミニクの命令か。すべての手がかりは燃え尽きてしまった。
12
手がかりを求めてサニーは死の一週間前に解雇された庭師ルロイをたずねる。六十歳がらみの黒人ルロイは、グロリアが心のやさしい女性だったこと、弟のトゥルコがたびたび金をせびりにやってきたこと、突然夫のドミニクから自分が解雇されたこととあわせて、事件の少し前、グロリアを正体不明の女が訪ねてきたこと、それ以来グロリアの様子が一変しておかしくなったことをサニーに語る。と、その時警官が突然やってきてルロイをグロリア殺人容疑で逮捕していってしまう。
サニーは続けて、同じく一週間前に解雇されたメイドのベロニカを訪ねる。家畜のすえた匂いが充満する貧しい一角のひときわ荒れ果てた家にベロニカは住んでいた。大きな手がかりはつかめないまま、サニーはベロニカにどこかひっかかるものを感じながらその場を立ち去る。
13~14
家畜事件の詳細を知るためにクエバ村へとサニーはトラックを走らせる。雨が少なく土地のやせたこのあたりはわずかな農業と牧畜以外は福祉に頼って生活するしかない。が、そのつつましい生活を支える自然も乱開発によって荒らされつつあった。サニーはエリセオの「水を汚した者はいずれその水をのむことになる」という言葉を思い出す。
昔気質の牧場主ホセ・エスコバルははじめサニーを警戒していたが、彼が伝説の英雄エルフェゴ・バーカーの孫と知ると、心を開き彼を現場に案内する。干上がった用水路に横たわる乳牛の死体は悪臭を放ち、無数のカラスがとまっていた。性器を切り取られた死体ののどには小さなあながあいている。ここから血をぬきとったのだろう。村人の多くは事件がレイヴァンのしわざと信じているらしい。死体のそばにカラスのものらしい羽も発見されていたが、土地柄、それが犯人のメッセージなのか、それとも偶然おちたカラスの羽かは今ひとつはっきりしなかった。
と、銃声が響き、明らかにサニーをねらったと思われる銃弾が耳のあたりをかすめる。一撃でしとめるのではなく、さんざんもてあそんでから殺そうというつもりらしい。もはやこれまで、と覚悟をきめたサニーの耳に銃声が響く。狙撃手がサニーを追いつめている間にトラックに戻ったエスコバルが、ライフルを手に戻ってきてくれたのだ。逃げる狙撃手。サニーはエスコバルに礼をいい、レイヴァンの教団へむかう。おそらく犯人は彼らだ。今まで家畜の死体はすべて冬至や夏至、春分や秋分の頃に見つかっている。季節ごとの要とも言える日に信者たちは太陽に生き血を捧げて祈っているのかも知れない。
祖父譲りのピストルを手に車を降りたサニーを四人の女とキバをむく数頭の犬が出迎える。その中にはベロニカの姿もあった。立ち去れ、さもないと犬たちをけしけるよ、と脅すベロニカ。レイヴァンに会わせろ、と要求するサニーは、意外にも彼が昨日別件で逮捕されていたことを知る。あきらめた様子をみせるサニーに女たちは安心してその場を立ち去った。
あきらめきれないサニーはその場を立ち去りかねている一番年若い女をつかまえ、いくつかの手がかりを得る。最近このアジトに仲間入りした女には、俗世間を絶つ意味で新しい名前が与えられていた。その名はドロシー。グロリアと同様血を抜き取られて殺された未亡人の名前だ。彼女はレイヴァンに心酔しつつも、どこか不安から逃れられないらしい。彼女に希望と不安を同時に与えているのは、レイヴァンが牢獄にあっても来るべき季節にすぐれた力で自分を新しい「大地の母」にしてくれる、という約束だった。「大地の母」はレイヴァンの新しい妻を意味する。シアをシンボルにするレイヴァンにとって四という数字は特別な意味を持つ。四は東西南北の四つの方向、つまりは全世界を意味している。四という数字を支配することは世界の支配を意味するのだ。レイヴァンの妻も四人。ということは、ドロシーが正式にレイヴァンの妻になれば、それと引き替えにまた誰かが犠牲となるはずだ。ドロシーはサニーにこっそり血の付いた外科用ナイフを渡すと足早に去る。このナイフはおとりか、それとも真の手がかりか?
15
サニーはトラックを運転しながら、何も手ががりがつかめない自分や、哀れな表情をみせた若い女、彼女をとりこにしているレイヴァンに腹を立てていた。と、一台のジープが真横に迫ったと思った瞬間、体当たりを食らわせて彼のトラックを路肩に押し出した。ゴリラのような大男がふたり降りて、サニーに襲いかかる。必死の抵抗も圧倒的な体格の差には役にたたない。あっという間に押さえつけられたサニーにマイクとエディと互いを呼び合うふたりはレイヴァンとの関わりを尋問する。ふたりはレイヴァンを見張っていたFBI捜査官らしい。名前を告げ、自分もレイヴァンについて調べている最中だ、と答えるサニー。ふたりはおまえの名前は聞いたことがある。が、この件はけちな探偵が首を突っ込むようなものじゃない、さっさと立ち去れ、と言い捨てる。
ゴリラ男との格闘で肋骨を折ったらしいサニーは、トラックの中にエスコバルが残していったバーボンをのみ、近くの森のコヨーテの巣で小休止する。なぜかコヨーテたちはやってくるサニーの気配を察し、彼のために巣をあけわたしてくれたのだ。強烈な獣の匂いと森全体に渦巻く動物たちの気配に守られるようにして眠りに落ちたサニーはそこで不思議な夢をみた。
映画仕立てで始まるその夢でサニーは西部劇の主人公のようだった。おびえる町の人々の見守るなか、黒ずくめのレイヴァンと一対一の闘いを挑んだ彼は、あっけなく四人の女たちに捕まり、体をへその緒で縛り上げられる。四人は彼を縛り首にするつもりらしい。サニーが助けを求めると、先ほどの若い女がナイフでへその緒を切る。サニーのへそから血が流れ、自由になる。そこにリタが現れ、大きな十字架をかかげて敵を追い払った。鳥になって逃げていった敵に町の人々は大喝采し、祭りが始まった。が、そこにグロリアの亡霊が現れ、サニーを追い回す。リタの名を呼びながら逃げまどうサニーの声に動物たちの霊が呼び覚まされ、三匹のコヨーテとなって亡霊を追い払う。夢から覚めたサニーは森の動物霊たちに礼を言ってその場を立ち去る。
再びトラックに乗り込んだサニーはハワードとの電話で、近く行われることになっている低レベル核廃棄物の輸送が実はプルトニウムを含む高レベル廃棄物の輸送であることをする。レイヴァンは鉱山で働いていた経験のある爆発物のプロだ。これでFBIが事件にかかわる理由がわかった。レイヴァンはメキシコから密かにダイナマイトを買い付け、来週に予定されているテスト輸送のトラックをねらっているらしい。おそらくレイヴァンはグロリアの財産に目をつけ、自然保護運動に熱心だった彼女に活動家を装って近づいたのだろう。死の直前にかかわりをもっていたと言われる謎の女も、レイヴァンの命令でベロニカが紹介したに違いない。サニーは復讐心で体が熱くなるのを感じていた。
16
手がかりを求めて再びドミニク邸を訪れたサニーは、彼の愛人が共和党の政治家ジェリー・アンダーソンの娘アシュレイであることを知る。二人はともにアルバカーキの開発推進論者で、家柄目当ての愛のない結婚をしている点まで共通していた。が、子どもがいないドミニクと違って、ジェリーは美しい一人娘アシュレイを溺愛していた。ふたりの関係が明るみにでれば、ドミニクは激怒したジェリーに殺されてしまうかもしれない。彼の弱みを握ったと確信したサニーは、自分はグロリアの妊娠の事実もつかんでいるのだ、と追い打ちをかけようとする。が、そこでドミニクによって明らかにされたのは、少女時代の不幸な生い立ちというトラウマから子どもを持つことを拒んだ彼女が、手術によって妊娠できない体になっていたというショッキングな話だった。彼女が少女時代に父親から繰り返しレイプされていたこと、母親が見て見ぬ振りをしていたことはサニーも知っていた。二人が恋人同士だった頃、酒に酔ったグロリアが彼にうち明けたことがあったからだ。だが、避妊手術の話はサニーには二重にショックだった。自分の知らないグロリアの秘密をドミニクは知っているというのか。いや、この男は信用できない。医者に金を握らせてありもしない避妊手術の話をでっち上げているのかも知れない。が、さらにドミニクは言葉を続ける。自分には敵が多い。そのためにありもしない噂をたてられがちだが、グロリアは少なくとも自分の理解者であった。そんなグロリアを自分が殺せるわけがない。彼女が殺された日、自分は選挙運動で家を離れていただけだ、と。ドミニクの言葉に心を動かされながらも、半信半疑のままサニーは邸を離れ、心の救いを求めてリタのもとに向かう。
17
その晩は最悪だった。冷たいビールとともに自分を待っていてくれたリタをサニーは抱くことができなかったのだ。こんなことは初めてだった。焦るサニーにリタは、これはきっとグロリアの死以来よくないものが憑いているのだ、女祈祷師のロレンツァに会って邪気を払ってもらうべきだ、と勧める。が、サニーは耳を貸そうとしない。リタと別れて帰宅したサニーは最悪の気分のまま翌朝を迎え、エリセオと朝のコーヒーをはさんで向かいあっていた。
昨夜のことをうち明けると、エリセオはそれがサニーにかけられた呪いのせいではないか、と言う。上半身になにもまとっていないサニーの腹部にエリセオが目をやると、へそのまわりにいつのまにかかすかに丸い傷跡がついていた。サニーは事件に深入りしすぎているのだ、少し休みを取ってリタと釣りでもしてきたらどうか、とエリセオは助言する。サニーが新聞に目をやると、一面は相変わらずグロリアの殺害にかんする記事だ。ベロニカの名前が載っている。エリセオは彼女のことを以前から知っており、魔女と呼んだ。彼女は人の心が読めると噂されていたからだ。エリセオは美しいアルバカーキを守るために邪悪な力と戦う必要がある、とサニーに告げる。エリセオが「命のキスだよ」と自分の額を彼の額にふれあわせると、サニーは全身に力がみなぎるのを感じた。
18
戦う決心をしたサニーは、まず自分にとりついている邪悪なものを払うために、リタの勧めに従ってロレンツァ・ヴィリャに会いに行く。サニーは一年前、偶然彼女に出会ったことがあったが、力を秘めた瞳が印象的だったのを今でも覚えている。川沿いの土地にあるつつましいアドービ(ニューメキシコ特有の土でできた小屋)の戸口で、彼女はサニーの手を強く握って歓迎した。襟元に鮮やかな花の刺繍をあしらった木綿の長いワンピースをまとった彼女は、インディアンの血を感じさせる風貌の、肉付きのいい美人だった。リタからの電話で事情をある程度知っていた彼女に、サニーはグロリアとの関係や今までのできごとを包み隠さず打ち明ける。ロレンツァはサニーに「コヨーテがあなたを見守っているわ」と突然ささやいた。窓の外に目をやると、確かにコヨーテがこちらを見ている。コヨーテはフクロウと並んで魔女の化身といわれる動物だ。サニーは当惑する。彼女はサニーが動物の霊に守られた強い力をもつシャーマンの素質をもっていること、そのために多くの試練が彼を待ち受けていることを語る。そして彼女はサニーにとりついているグロリアの霊を浄めるための儀式を近いうちに行う約束をする。
家を出てふたりは川沿いの土地を歩いた。さきほどのコヨーテたちがいたあたりで立ち止まると、ロレンツァは落ちていたコヨーテの毛を拾い上げ、皮の小さな守り袋に入れてサニーに手渡す。再びロレンツァの家に戻ろうとしたサニーは、自分を見つめる視線を感じる。が、振り返ってもカラスが一羽いるだけだ。ロレンツァはそのカラスを見ると、「立ち去れ、悪魔よ」と叫ぶ。サニーはレイヴァンのアジトの近くにも大きなカラスがいたことを思いだし、背筋が凍るのを感じる。
19
サニーは事件の手がかりを求めてモリノに会う必要を感じ、タマラに仲介を頼む。彼の訪問を快く迎え入れたタマラは、朝からサニーが来ることを予感していたこと、ふたりの魂は深い因縁で結ばれていることを告げ、突然彼を自分の寝室に誘う。彼女によればセックスは喜びをもたらすだけでなく、過去へ旅し、自分の運命を知り、再び若さを手に入れる秘技でもあるという。彼女の魅力と謎めいた物語に心を動かされかけたサニーの耳にエリセオの引き留める声がする。リタを理由に断るサニーにタマラは、恋人がいてもかまわない、いつでもその気になったら自分のところに来るようにといい、モリノと会う手はずを整える約束をする。
帰りの車中、サニーはなぜタマラの誘いを断ってしまったのか考えていた。少し前までは女からの誘いを断ったことなどなかったのに。もう年をとったということだろうか、それともリタのせいか?たしかにリタは特別だ。二年前、ふたりは出会ったとたんに恋におちた。サニーにアパートを見つけてくれたのも彼女だし、辛いときはいつも自分を慰めてくれた。もう身を固めるべきなのだろうか?車を走らせているうちに、今度は道のカーブがタマラの体の見事な曲線と重なって見えてきた。同時にサニーはタマラの寝室の床がベッドを中心に四本の色違いのタイルで飾られていたことを思い出していた。この装飾のパターンはメキシコではポピュラーなもので、四方を見守る神の眼を表していた。円を中心に四つの方向――またもやシアのパターンだ。
サニーはトラックをエスタンシアへと走らせていた。留置されているうちにレイヴァンに会っておきたかったのだ。途中休憩をとるためにバーに立ち寄ったサニーはレイヴァンの妻のひとりであるドロシーと再会する。彼女は流れ者の牧場労働者らしい男たちとビールを飲んでいた。ビリヤード台にはシアをかたどったイヤリングをつけた人相の悪い男がふたり。うって変わった不敵な表情のドロシーはふたりをそそのかしてサニーを追い返そうとするが、男たちは逆にサニーに叩きのめされ、逃げていく。逃げ出したかったんじゃないのか、と尋ねるサニーにドロシーはもう遅い、今日の午後レイヴァンは出所する、すべて終わりだ、と答える。そしてあのときに見せたおびえた視線を残して去っていく。
シェリフのナランホはサニーの到着を心待ちにしていたようだった。彼は違法のマリファナ栽培でレイヴァンを捕らえたのに、FBIが彼の釈放を要求したことに納得がいかない様子だった。ナランホに案内されて独房の前に立ったサニーは我が眼を疑った。すばやい身のこなし、胸にかかったシアのメダル、今サニーの目の前に立っているのはあの日パーティー会場で会った反核活動家パハロだった。
20
輸送トラック爆破の話を切り出すと、パハロは――レイヴァンは――そんな話はでたらめだと即座に否定した。が、声をひそめて言葉を続ける。考えてみればいい方法かもしれない、実際にトラックが吹き飛ばされるのを見れば、さすがの愚かな連中も目が覚めて核のない平和な世界が来るかも知れない、と。しかしトラックが積んでいるのは実際はプルトニウムだ、大勢の人の命が奪われることになる。どっちが人殺しかよく考えて見ろ、とレイヴァンはサニーの言葉に反論する。核兵器工場や原発、廃棄物処理場に日毎に蓄積されていく核のゴミはすでに多くの人々の健康や命を奪っているのだ。アメリカにはすでに有り余る核ミサイルが配備され、北朝鮮も爆弾の製造に余念がない。ロシアの古い原発からは放射能が漏れだして周辺の住民の健康を冒している、と。返す言葉が見つからないサニーの目に、シアのメダルが飛び込んでくる。が、ニューメキシコならどこにでも見られるそのマークではグロリアの殺害の証拠にはならない。殺害現場の近くに残されていたイヤリングも、自分たちを陥れるための警察の陰謀だ、とレイヴァンは言う。本当に平和を願っているのは自分たちなのに、と。レイヴァンは本気かもしれない、とサニーは感じる。狂気と言われようがなんだろうが、この男は自分の信念のためなら犠牲をいとわないだろう。目には目を、そんな言葉をサニーの心に刻みつけて、レイヴァンとの面会は終わった。
21~22
翌朝、サニーはパハロの名前による反核運動のための記者会見に出席した。カルト教団のリーダーであるレイヴァンがパハロの名で反核運動を展開していることは衆知の事実らしい。驚くばかりの人数を前に、紳士パハロの仮面を被ったレイヴァンが、サニーにとっては初めて見る顔ぶれの仲間たちと会見のテーブルについていた。彼は数は多いながらなかなか連帯できない反核運動家たちのいずれからも一目おかれ、二日後に迫ったテスト輸送に対して何らかの決定的な発言をすることを期待されていた。運動家たちとにこやかに握手をかわしながら談笑する彼の姿をテレビ局が熱の入ったアナウンスで紹介していた。
いよいよ始まったパハロの会見はまず自分を不当に逮捕したとする警察への抗議で始まった。巧みな弁舌がひとびとの心を捕らえ、熱狂の渦に巻き込んでいく。彼のカリスマ性は並ではない。が、人の壁を作ってテスト輸送を阻止しようという言葉に暴力の行使は暗示されていたものの、ダイナマイトについては何も触れずじまいだった。サニーは自分が時間をむだに使っているような気がしてきた。結局パハロにはトラックを爆破するつもりなどないのではないか。
会見が終わると、いつのまにか隣に来ていたタマラがサニーをパハロのもとに導いた。彼のまわりに群をなしていた取り巻きたちが二人のために道をあける。ともに戦う決心はついたか、と尋ねるパハロ。ノーというサニーにパハロは失望の表情を見せる。彼はタマラに説得を頼むと、サニーに二日後にロスアラモスのハイウェイで会おう、と声をかけ、マスコミのもとに戻っていった。
サニーはレイヴァンとグロリアの関係をタマラから聞き出そうとするが、彼女はなにも知らない、というばかり。トラック爆破についてもパハロは非暴力主義者だ、と言ってとりあわない。なんの手がかりも得られないまま、サニーはハワードに連絡をとるが、グロリアの事件も暗礁に乗り上げたまま。ルロイは無実の罪で拘置され、ドミニクは何事もなかったように選挙運動を再開していた。
サニーは久しぶりに双子の弟で中古車ディーラーのアルマンドに電話をする。電話に出たのは恋人のジャニーヌだった。ふたりは行きつけのバーの公衆電話を事務所代わりに細々と商売を営んでいた。二組のカップルは初めて食事をともにする。
最近トゥルコを見なかったか、と尋ねるサニーに、アルマンドは彼はメキシカン・マフィアとかかわりがあるから近づかない方がいい、と忠告する。死の直前に彼が姉を訪れたのも、近いうちに密輸されてくる麻薬の購入資金が必要だったかららしい、とアルマンドは言う。果たして夫に無断でグロリアが大金を自由にすることができたか?サニーはモリノならグロリアのために金を用立てることができたのでは、と考える。ところがトゥルコが大金を手にしたという話はまったく聞かない。もしグロリアが弟のために金を用意できていたとしたら、その金は今どこにあるのだろう。
帰宅したサニーを匿名の脅迫電話とタマラのメッセージが迎える。モリノに会う手はずが整った。
23~24
その日の夜、サニーはリタを伴ってトゥルコの行きつけの店ラ・グラナダに向かい、うまい具合に彼をつかまえる。トゥルコはサニーに、麻薬の購入資金をモリノが用立てることになっていたこと、ところがグロリアがその金を自分に渡さなかったことを話す。トゥルコはそのことで死んだ姉をひどく恨んでいた。グロリアの性格を考えれば、弟に金を出し惜しみするとは思えない。何か事情があったに違いない。
リタを家に送り届けたサニーは周りに異臭が漂っていることに気づく。ヘッドライトをつけると、玄関の梁に小さな革袋のようなものがぶらさがっていた。異臭の原因はその先からは点々と滴り落ちる血だった。
血を滴らせている革袋は、どうやらヒツジかヤギの一組の睾丸らしい。サニーは車の中にリタを残して鍵をかけさせると、安全を確認するためピストルを手に彼女の家に入る。が、侵入者の形跡はない。これ以上事件に首をつっこむな、さもないとリタがどうなっても知らないぞ、という警告のようだ。サニーは玄関の血を洗い流し、家中の鍵をすべて確認してリタと別れる。
翌朝図書館でサニーはモリノに関する新しい情報を入手する。彼は会社の中の一匹オオカミ的存在で、弱小企業の乗っ取りを一手に引き受けてきた。が、折からの日本の景気後退のために経済効果は上がらず、会社は金のかかるダーティーネームをクビにする機会をねらっているようだった。モリノがアルバカーキに単身赴任で乗り込んできたのは、背水の陣からの巻き返しを計るためだった。もし市が新しいプラントに全面協力してくれれば、モリノは会社に大きな利益をもたらした人物として、大手を振って祖国に帰れるのだ。そんなきわどい立場のモリノにとってグロリアの妊娠は命取りだった。会社側は彼をスキャンダルを理由に解雇することも可能だからだ。
この話をきいたリタは、グロリアは自分の妊娠を使ってモリノから金を引き出し、それをトゥルコに渡そうとしていたのでは、と考える。モリノは本当にグロリアを愛していたように見えた。愛する女が泣く泣く生まれて初めて授かった子どもをあきらめるのだ。さぞかしたくさんの金がかかっただろう。だが、その金はどこにあるのだ?
25
翌日サニーは約束通りモリノと会うためにハイアット・ホテルに向かう。日本酒を酌み交わし、二つの国の文化論などを論じているうちに、モリノはおもむろにグロリアを殺したのは誰か、とサニーに尋ねる。彼も庭師ルロイの無実を確信していた。警察は彼を隠れ蓑みしているだけだ。サニーは事件の核心に迫るために、グロリアの妊娠の話を持ち出す。意外にもモリノは素直にそれが自分の子どもであることを認めた。その子が自分にとってはじゃまな存在でしかないこと、ドミニクが遺体を火葬にしたことで密かに安堵したことも。おそらくドミニクはグロリアの妊娠を隠すために多額の金を検察医に支払ったにちがいない、モリノは言う。
リタの推理はあたっていた。グロリアはモリノに金を要求していた。が、それはグロリア自身によればトゥルコのためではなく、自分がしばらくの間ブラジルかどこかに身を隠すための資金だということだった。金の話がでたことはモリノの気持ちをなんら変えることはなかった。そして彼女が自分を求めるのは愛のためではなく、何かから逃れるためだったということも彼にはわかっていた。生前彼女の周囲には奇妙な女とその仲間がしばしば姿をみせており、そんなときのグロリアはひどく脅えた様子をしていたからだ。
事件の夜どこにいたか、と問うサニーにモリノは死の直後にグロリアに会いに行っていることを告白する。彼女に金を渡した日の深夜、別れ際の彼女の表情が気がかりで、モリノはグロリアの家に出向く。玄関にスーツケースが置かれ、家は奇妙に静まり返っていた。沈黙に耐えきれず「グロリア!」と呼んでも返事はない。寝室にはキャンドルが灯され、ライラックの香りのなかに横たわる彼女の姿があった。が、安らかに眠るようなその姿はすでに息絶えていた。
このままでは自分が犯人にされる、とあわててモリノはその場を立ち去る。彼の車がドミニク邸を離れたとき、入れ違いに夫フランクの車が入ってくるのをモリノは目撃する。ヘッドライトに一瞬彼の顔が浮かび上がり、こちらを見たような気がした。その顔は怒りか憎しみに満ちていた。
モリノはサニーに自分のいうことは信じてもらえないかもしれないが、真実なのだ。自分は深くグロリアを愛していた、ちょうど君と同じように、と言う。彼はサニーのことをグロリアから聞かされていたのだろうか。疲れたようにうなだれるモリノにサニーは同情心を覚える。この男を信じていいのだろうか。外では待ち受けていた雨が降り出した。
26~27
帰宅したサニーを、リタが夕食の用意をして待っていた。ふたりはアルバカーキに恵みをもたらす雨に誘われるようにして抱き合う。が、途中でドアをノックする音。見るとエリセオとその友人たちが来ている。去勢されたヤギがみつかったのだ。その赤毛の年寄りヤギは太陽への捧げものだ、明日は夏至だから、とエリセオは言う。ヤギが犠牲だとしたら、グロリアもそうなのか?いや、彼女が殺されたのはもっと前の話だ。なぜ彼女は殺されなければならなかったのだろう。サニーはリタを残して出かける。
エリセオと友人たちを乗せたサニーのトラックはノースバレーの高級住宅地のはずれで止まった。用水路沿いにぬかるんだ薄暗い道が通っている。普段は若い連中から「コンドーム小径」とよばれ、マリファナを吸う高校生や、人目を忍んだカップルが利用していた。リタの家はもちろん、ドミニク邸も、最初の犠牲者であるドロシー未亡人の家も目と鼻の先だ。道沿いに行けば、ドミニク邸の裏庭に出て、侵入することも可能だ。道沿いにしばらく行くと、一軒のアドービ造りの小屋に出た。ヤギの匂いがする。闇に包まれた小屋はなんとも不吉な雰囲気をたたえている。エリセオたちを先に帰らせると、サニーはピストルをトラックに置いてきてしまったことを気にかけながら単身小屋に近づいていく。裏口にまわり、そっとドアを開けた瞬間、人の気配がして、サニーは避ける間もなく後頭部を打たれ、ライラックの香りをかぎながら床に倒れてしまう。
28~29
目覚めたサニーは、両腕を縛り上げられ、梁に吊されていることに気がつく。隣には睾丸を切り取られた赤ヤギの死体。闇に目が慣れてくると、室内にモリノが見たというグロリアのスーツケース。そしてテーブルの上にナイフを見つける。が、彼はそのナイフをどうにか足で引き寄せ、ロープを切ろうとするが、二人組の女が現れ、ナイフを取り上げてしまう。二人はレイヴァンの妻たち、ベロニカとドロシーだった。ベロニカは「人殺し」とレイヴァンを非難するサニーに、彼の最終目標はケチな殺人などではない、もっと大きなことだ、と言い放つ。そして、朝日とともにいけにえにしてやる、という言葉を残して二人は小屋を去る。そこにリタが現れ、ロープを切りサニーを自由にする。心配したエルフェゴ老人が彼女を連れてトラックで引き返してきてくれたのだ。
サニーは夏至の日に予定されているプルトニウム輸送トラックの爆破が、ベロニカの言う「もっと大きなこと」であると気づく。レイヴァンは核物質による環境汚染を引き起こし、世界を混沌に陥れようとしているのだ。明日の夏至には彼の妻たちが太陽のための礼拝をおこなうだろう。その儀式に警察の目をそらせている間に、レイヴァンはトラックを爆破するつもりだ。トラックを止めなければいけないが、証拠がなくては警察は同意しない。サニーは山の地理に詳しいエスコバルの力を借りて、自らの手でレイヴァンの陰謀を阻止する決心をする。ラジオをつけると、いよいよ輸送トラックが出発したことをニュースが告げる。戦いの始まりだ。
サニーはハワードと電話で連絡をとり、ベロニカたちがすでに逮捕されたことを知る。ベロニカの持ち物からは看護婦の身分証明書や、ライラックの香りの水が発見された。グロリアの殺害の手際が良かったのは、ベロニカの専門的な技術と知識のせいだったのだ。ドロシーが託したナイフもおそらく彼女のものだろう。サニーはリタとともにエスコバルの牧場に立ち寄り、協力を依頼する。彼は「土地と家族を守るためならなんでもしよう」と快く協力を申し出る。手がかりをもとめてレイヴァンのアジトに立ち寄った三人は、サンディア山の西側の地図を発見、そこからサニーは地図からアローヨ・デル・ソル(太陽)というレイヴァンの陰謀にもってこいの名をもつ用水路をみつける。この川づたいに山の中を行けば、警察に見つからずに輸送トラックが走るハイウェイに辿り着けるのだ。レイヴァンが好む象徴性を考えると、彼はソル用水路とハイウェイが十字に交わる橋の上でトラックを爆破するはずだ。サニーたちはトラックより先に出てレイヴァンたちを待ち受けようと、大急ぎでアジトを後にする。
30
サニーたちを乗せたトラックは用水路と平行して流れている林業用道路をいった。が、折悪しく切り倒した木材が道路を遮るように横たわっている。トラックが通れないことを判断したサニーは単身徒歩でレイヴァンを追おうとする。が、おそらくレイヴァンは味方を連れて武装してトラックを持ち受けているはずだ。サニーがひとりで立ち向かったところで結果は目に見えている。山の事情に通じたエスコバルは用水路の水の流れに目を落とした。今は静かで、水量も少ない。四駆のトラックなら行けないことはない。もっとも、雨の日の用水路は危険だ。突然山から水が大量に流れ込んできて、静かな浅瀬は一瞬にして全てを飲み込む奔流になる。いちかばちか、エスコバルはトラックで用水路を走り抜ける。と、降りしきる雨のなか、巨大な樽のような輸送容器を積んだトラックの姿が浮かび上がった。
と、ほぼ同時に、岩かげに人影がふたつ。防護服に身を包んだレイヴァンと手下だ。
突然のトラックの音にふたつの人影はぎょっとしたように振り返った。レイヴァンの手にはリモコン装置が握られている。あのスイッチを押されたら終わりだ。サニーとエスコバルはレイヴァンと手下にそれぞれ襲いかかる。レイヴァンともみ合い、あわやライフルで撃ち殺されそうになったとき、ピストルの音が響いた。リタだ。
銃声を聞きつけた輸送トラックが橋の上で止まる。エスコバルが駆け寄り、事情を説明する。と、彼の耳に聞き慣れた轟音が響き、濁流があっという間に彼のトラックを飲み込んだ。手負いのままサニーと争っていたレイヴァンもまた、はずみで用水路に墜ち、つかまえようとしたサニーの手にメダルを残して濁流の中に姿を消してしまう。パトカーに続いて輸送トラックが橋を渡り終えたとほぼ同時に爆音がとどろき、橋は吹き飛んだ。間一髪だった。
31~33
翌朝はやく、サニーはタマラ邸の庭で彼女が起きてくるのを待っていた。ひとつはレイヴァンの死を知らせるため、もうひとつはグロリアの死について詳しい事情を聞くためだった。金色のゆったりとしたガウンに身を包んで現れた彼女は、「レイヴァンが濁流にのまれて死んだ」というサニーの言葉を信じない。彼女は祈りの歌を歌い、レイヴァンが飛翔し、『自分が戻ってくるまでメダルを預かっていてくれ』と言い残して太陽に飲まれいった」と語る。そしてサニーの胸元に輝くシアのメダルをみつけ、「それではあなたが新しいレイヴァンね」と再び彼を誘惑しようとする。それをはねつけ、グロリアのことを話せ、というサニーにタマラはグロリアがトラウマを抱えて苦しんでいたこと、それに乗じて彼女を洗脳しようとしたこと、結局教団を離れようとしたために金を奪われ殺されたことを語る。そしてジプシーの出である自分にはグロリアの悲しみはよく理解できた、女は残酷な男によって傷つけられることが多いから、力を合わせて身を守らなければいけないのだ、と付け加える。タマラもまた、華やかな貌の陰に辛い過去を抱えて生きてきたのだった。
ハワードたちがタマラ邸にやってきて、彼女を逮捕する。タマラは庭のすみにあった美しい青色の壺にグロリアの血が入っていることをサニーに教える。ベロニカは儀式として土と血をこねて太陽に祈りを捧げていた。彼はその壺を抱えて帰宅する。そして叔母のデルフィナ、母、リタらとグロリアの墓に向かう。デルフィナは壺の中の土をグロリアの墓のまわりに撒いた。彼女が大地に抱かれ、すでに埋葬してある彼女の体とひとつにしてくれることを、そして彼女の血が大地を肥やし、新しい生命を育むことを祈って。
last updated 2004/3/8