管理者:金原瑞人
Taming the Alien
【書名】Taming the Alien
【出版社】The Do-Not Press
【初版年】1999年
【頁数】158頁
【対象】一般書
【著者】Ken Bruen
作者紹介は省略(第一巻の要約を参照)。
【概要】ドラッグディーラー連続殺人事件を解決したものの、恨みを買った乞食のカップルに刺され、療養休暇をもらった巡査部長ブラント。英国を離れ、故郷アイルランドで休暇を過ごし、米国へ飛ぶ。ブラントは先に米国に渡っていたEギャングの生き残り、フェントンと、ブラントを刺した乞食のカップルを追うのだが……。三部作White Trilogyの第二巻。
【登場人物】
ブラウン:警視正。男。
ロバーツ:警部。男。六二歳。
ブラント:巡査部長。男。悪党からも恐れられる無頼漢。アイルランド出身。
フォールズ:巡査。女。黒人。
ロージー:巡査。女。フォールズの親友。
パット・ドゥ・ブラン:ブラントの遠い親戚。男。アイルランド在住。
フィオナ:ロバーツの妻。四六歳。
ロイ・フェントン:「エイリアン」の異名を持つ。もとEギャングのメンバー。男。
ステラ:フェントンの前妻。フェントンと別れてアメリカへ。
バンドエイドを貼ったカップル:物乞いのカップル。ともに二十代後半。ジョージー、女。ミック・ベルトン、男。
ビル・プレストン:ロンドンのチンピラたちを動かしている黒幕。男。
チェルシー:ビルの娘、七歳。ダウン症児。
【あらすじ】
フェントンの「エイリアン」というあだ名の由来は、映画『エイリアン』をみていて、エイリアンが人間の腹を食い破って出てくるその瞬間、いっしょに映画を観ていた男の頭をバットで殴り殺したことがあるからだった。フェントンは別れた妻ステラに深い恨みがあり、その行方を嗅ぎまわっている。ロンドンのチンピラを統括しているビルの元へいくと、ステラはアメリカに渡り、ディヴィスという男と一緒に暮らしているという情報が入った。フェントンはビルから「ブラントをおとなしくさせられるようなダメージを与えろ」という依頼を受ける。
ブラントはバンドエイドのふたり組に背中を刺されて以来、デスクワークの日々を送っていた。そんなある日、自宅前でいきなりバットを手にした男に襲われた。ブラントが意識を取り戻すと、自分の家の中で、すっかり縛りあげられズボンとパンツをおろされている。ブラントは犯されるのかと冷や汗をかいた。キッチンから湯の沸く音がきこえてきて、男は薬缶を持ってくる。ブラントは尻に湯が注がれた瞬間、気を失った。しばらくして意識を取り戻したブラントは、寝返りを打って痛みに身をよじ……らなかった。縛られてもいない。尻に手をやると火傷もしていない。濡れてはいるが冷たい水だ。心理トリックにひっかかったのだ。ブラントはほっとすると同時に怒りがこみあげてきた。とびきりの瞬間のときのために――たとえばずっとねらっているロバーツの妻フィオナとついにベッドインするとか――とっておいた極上のウイスキーを開けると口のみした。アルコールがまわってくる。ブラントは襲撃者がフェントンだとわかっていた。フェントンをとっちめるのはもちろんのこと、裏で糸を引いているやつにはうんと痛い目をみせなきゃ気が済まない。
ブラントと会ったロバーツは、ブラントがフェントンの襲撃にあったこと、フェントンを差し向けたのはビルらしいことを知る。そこで、ビルの行きつけのバーに出かけていった。ふたりは警官と悪党としてだったが、旧知の仲だったのだ。ロバーツは、ブラントがフェントンに復讐したがっていることをビルに話した。ビルは、フェントンは前妻を追いかけてすでにアメリカに渡ったといった。
フォールズが出かけようと外に出ると、自分のうちの壁に十五歳くらいのスキンヘッドの男が「ナヂルールでいこうぜ」とスプレーで落書きしているところに出くわした。フォールズは落書きをみてきいた。「ナヂって?」スキンヘッドはどうやらナチスのことをいっているらしい。「なら、スペルミスね」とフォールズがいうと、「だからなんだってんだ? どうせバカには読めないだろ」とスキンヘッドは開き直った。これをきいてフォールズは大声で笑った。笑われたスキンヘッドは、怒ればいいのか逃げればいいのか迷っている。「話せて楽しかったけど、もういかなくちゃ」といってフォールズは歩き出す。スキンヘッドはフォールズが落書きのことを通報しないときいて驚き、さらにものは試しで小銭をせびってみたらすんなりいくらかくれたので、二度びっくりしてしまった。「たまげたな、どうも、お姉さん」。フォールズは「それで辞書を買えば?」といって歩いていった。スキンヘッドは、この女はただ者じゃないと思った。
ビルは毎週木曜日、娘のチェルシーと川べりまで散歩に来る。チェルシーはダウン症児だ。ビルはベンチに腰をおろし、チェルシーは突っ立ったまま川をゆくボートをみつめている。といって、ボートを見るのが楽しいわけじゃない。「だってボートって乗せる人を楽しくさせるんだもの」なんて理由をきくと、ビルはたまらない気持ちになる。娘なんてもたなきゃよかったといつも思うのは、自分が娘を愛するあまり、娘の存在が弱みになるからだった。この子はアキレス腱みたいなものだった、が、それだけの価値はあった。娘の存在は、ビルの人生に光を投げかけてくれた。子どもをもって人は変わるというのなら、ダウン症児をもつのはまったく別の人間になるようなものだ。
ビルがふと気づくとチェルシーの姿がない。自分を呼ぶ声がしてビルがふりむくと、ブラントがチェルシーをかかえて土手の柵の上にのせている。ブラントはもう片方の手にはぬいぐるみをもっていた。ビルが「何が目的だ」ときくと、フェントンだという。今はサンフランシスコで前妻をさがしているはずだというと、ブラントはチェルシーを放し、ぬいぐるみを放り投げた。ぬいぐるみは川の中に沈んでいった。邪魔をするなというブラントの警告だ。チェルシーはビルにかけより、抱きついて言った。「パパ、ぬいぐるみ、いなくなっちゃった」。ビルは「大丈夫、もう大丈夫だ」といって娘を抱きしめてやった。
ロバーツは太陽とクリケットを愛し、陽の光のもとで幾多の夏をすごしてきた。ある日、体にできた黒い大きなしみをみつけ、病院にいくと皮膚癌と診断された。毎週放射線治療をして経過をみることになった。ロバーツは妻のフィオナに癌のことを打ち明けようと思い、「話があるんだ」といった。「あたしもあなたに話があるの」と返すフィオナ。「ちょっと後回しにしてくれないか」と、つっけんどんにロバーツがいうと、「もちろんいいわよ、娘が妊娠してるってことが後回しにできるっていうんならね」という台詞が帰ってきた。仰天したロバーツにそれ以上の説明をすることもなく、フィオナはいってしまった。
ブラントは療養休暇を警視正から与えられた。常々ブラントを追い払いたがっている警視正は「これを機に辞職を考えるといい」ともいった。ブラントは休暇の間、二、三日故郷のアイルランドに帰って、それからアメリカへ行ってフェントンとバンドエイドのふたり組に復讐するつもりだった。ダブリン空港に降り立つと、遠い親戚のパットが出迎えに来てくれていた。空港のパブでしばらく飲んで、ブラントがそろそろホテルにむかうというと、パットはとんでもないと怒り、二、三日うちに滞在しろといった。
アメリカに渡っていたバンドエイドの二人組は、その辺の通行人から金をせしめようと行動に出た。まずジョージーが哀れっぽく小銭をせがみ、その間にショーンが後ろからバットで殴りかかる。こうしてブラントも、あのトーンとかいう若い警官もしとめたのだ。だが今回、ショーンは気を変え、腕時計をねらって獲物の男の腕をつかんだ。男は尻ポケットに銃を携帯していて、反対の手で銃をつかむとショーンの顔面に弾を撃ち込んだ。その後に銃口をむけられたジョージーは必死で命乞いした。
ブラントは二日酔いで目を覚まし、はじめは自分がどこにいるのかよくわからなかった。次第に思い出したのは、昨夜はパットとはしごして飲み歩き、ダンスまで踊って、今はパットの家のソファから半分ずり落ちているところだってことだ。パットが朝食を用意してくれ、そのうえ白いアランセーターをプレゼントしてくれた。これまで一度だってプレゼントなど受け取ったことのないブラントは、なんと言っていいのか分からない。「こいつは……いや……その、気前いいな」。ブラントはシャワーの後、さっそく袖を通してみる。ぴったりで、もう二度と脱ぐもんかと思った。
パットの家にブラントあてに電話がかかってきた。ブラントが電話に出ると、ロバーツがバンドエイドの二人組のなれの果てを教えてくれた。大喜びできいていたブラントだったが、命乞いして助かった女の方が出してきた条件をきいて、「ふざけんな、冗談じゃない!」と叫ばずにはいられなかった。女は英国送還の際の付き添い警官にブラントを指名してきたというのだ。フェントンを追って米国にいきたかったブラントは、渡航費が出る、というので結局この役目を引き受けた。ロバーツは話をしているうちに、癌のことを打ち明けたくなった。誰にも話していないし、妻にも話しそびれた。自分のまわりじゃ、ブラントがいちばん友達に近い。ロバーツはいった。「実は今ちょっと困ってるんだ」。「何いってんだ、そうじゃないやつなんているか?」そういわれて、ロバーツは電話を切った。
その日、ブラントはパットに「マイヤー・マイヤーって誰のことだ?」ときかれて、どうしてパットがその名前を知っているのかとびっくりしてしまった。聞き返すと、昨晩寝ながらその名前を叫んでいたという。ブラントはアンパイアという殺人鬼を追っていること、TVでそいつの悪口を言ったら、腹いせにかわいがっていた飼い犬のマイヤー・マイヤーを惨殺されたことを話した。「おれはあいつを可愛がってた――これ以上ないってくらいみすぼらしい犬だ。よくあいつと連れだって散歩中に犬を連れた女をひっかけようとしたもんだよ」「成功したのか?」「いいや」二人は声をあげて笑った。それからしばらくして、パットは長男のショーンを八歳で亡くしたことを話した。「とんでもない悪ガキだったが、太陽より愛しい存在だった。今もあの子に話しかけない日はない。だがひどいことに、ときどきあの子のことを忘れている自分がいる。だがそれで自分を責めたりはしない――それが人生だからな。人生ってのはひどいもんだ。だから秘訣は、くさらないことだ」パットはそれで話を打ち切った。ブラントをなぐさめようと話してくれたようだ。
フォールズが病院にいくと、妊娠三ヶ月と診断された。フォールズは大喜びだったが、相手の男がいっしょじゃないのをみて医者は堕ろした方がいいんじゃないかと言いたげな顔だ。お祝いの言葉も空々しい。ロージーと会ったのでフォールズが妊娠のことを打ち明けると、ロージーは手放しで喜んでくれた。フォールズは「まだなんの実感もないけど、これで望みのものが手に入るわ」といった。「望みって?」とロージー。「巨乳」。二人は必死で声を抑えようとして、よけいにけたたましい笑い声をあげた。フォールズはブラント不在の間にアンパイアをつかまえられれば、昇進するかもしれない、そうすれば育児費が手にはいると意気込んだ。
ステラはジャック・ディヴィスを愛しているわけではなかった。ジャックはいわゆる「いい人」だから好きにはなれたし、ジャックと結婚していればアメリカにいるための永住権が手に入る。だがステラが愛していたのはフェントンだった。フェントンは札付きの悪党で、ステラの育った地域の憧れの的だった。そしてフェントンはステラにはやさしかった。ステラが妊娠したとき、フェントンは三年の刑をくらっていた。おきまりのパターンだ。だがステラは流産してしまい、悲しみと怒りで半狂乱のまま獄中のフェントンに面会にいった。ステラは、フェントンをみると傷つけてやりたくなった。そして「妊娠してたの。でも堕ろしたわ」とフェントンに告げたのだ。フェントンは怒り狂った。看守が六人がかりでフェントンを押さえつけた。ステラがロンドンを発つ直前、ビルから電話があった。「逃げろ、全力でな」ステラは逃げた。そして、アメリカへやって来てジャックと結婚したのだ。いつものようにジャックと食卓を囲む。そのとき、ドアベルが鳴り、ジャックがドアをあけるといきなりバットで殴られた。フェントンだった。
フォールズは最近までクロイドンをうろついていた放火犯の捜査にあたっていた。犯人の目星はついていて、とうとうあるビリヤード場でそいつをみつけた。ちょっと署まできてというと、男はいじっていたボールをフォールズの額に投げつけ、倒れかかったフォールズの髪をひっつかみ、戸口まで引きずっていって、表に放り出した。フォールズはその後病院へはこばれ、ロージーがつきそった。フォールズの意識は戻らない。ロージーはフォールズの手を握って話しかけつづけた。
ロバーツは警視正のブラウンに呼びつけられた。ブラウンは嫌味なやつで、何かというとロバーツを呼びつけ、ねちねちと文句をいう。ロバーツが部屋に入っていくと、椅子もお茶も勧めず、自分はお茶を耳障りな音をたてて飲んでいる。なんでこいつはお茶をくちゃくちゃ噛むなんて芸当ができるんだ? ロバーツがそんなことを考えていると、ブラウンはサンフランシスコであった殺人事件のことを話し出した。被害者はステラとその夫ジャックで、犯人のフェントンは現場にバットを残していっていた。ブラウンは、「フェントンが英国へもどってくるだろうから空港を見張れ」といった。
ブラントとパットは、またパブで飲んでいた。パットがブラントに色目を使っている女がいるのに気づき、ブラントからだといって酒をおごり、ふたりをとりもってやる。ブラントはその女と寝た。翌朝へろへろになってパットとカフェで落ち合い、ふたりは別れを告げた。残念だとさみしそうなパットに、ブラントはジッポをプレゼントした。パットは一九六八と刻印されたお気に入りのジッポをなくして悔しがっていたのだ。パットはブラントを思いきり抱きしめ、二人は別れた。ブラントは外に出るとタバコに火をつけた。ジッポには一九六八と彫ってあった。
ロバーツの周囲には、フォールズをひどい目にあわせた放火犯の逮捕に協力しようという若い熱心な警官たちが集まってきていた。ロバーツが署を出ると、外にはエンジンをかけ、ドアをあけたボルボが待ち構えていた。マクドナルドという若い警官のひとりだ。ロバーツはマクドナルドの車に乗りこむと、クロイドンにむかった。ふたりは、ついに目当ての男が裸で眠りこけている部屋をみつけた。ロバーツはマクドナルドに冷たい水をもってこさせ、眠りこけている男の上にぶちまけさせた。男が叫び声をあげて目をさますと、マクドナルドは手際良く男に後ろ手に手錠をかけ、尻をばしんと叩く。ブランケットをまきつけられ、連れていかれそうになると、男がいった。「たまごっちをとってくれ!」「何を取れって?」と困惑顔のロバーツ。「おもちゃですよ、ペットみたいなもんです」とマクドナルドが説明すると、男はわかってくれる仲間をみつけたとでもいうような目をした。「今、記録更新中なんだ。そばに置いといてやらないとさみしがる」。マクドナルドはたまごっちをとってやると、床に落として踏み潰した。ロバーツはブラントの代わりがみつかったかもしれないと思った。
ロバーツの放火犯逮捕の祝賀パーティがあった。ロバーツはそこで最低のレイプ犯のやり口を耳にした。クラブで女の子に酒をおごってやり、その酒に薬を入れて意識を失わせ、その間に五人がレイプしたというのだ。もし娘にも同じようなことが起きたら? ロバーツは帰ったらフィオナに自分の皮膚癌のことを打ち明け、娘のことをきちんと話し合おうと決心した。だが、ロバーツが帰宅すると家には誰もいない。冷蔵庫を開けてみるとほとんど空っぽで、フィオナからのメモが貼ってあった。「娘と実家に帰ります。家を空けてばっかりのあなたが気づくかあやしいものだけど」
フォールズはついに意識を回復した。すぐに流産してしまったのがわかり、声をひそめて泣いた。トラウマ克服セラピーを勧める医師の言葉をかたくなに拒否して病院を出る。家へ帰る途中、ジンをひと瓶買い、ストレートであおった。フォールズの父親は理由もなくただひたすら飲んでいたが、フォールズには飲む理由がある。酔いが回ったころ、クローゼットいっぱいに入っていたベビー用品をゴミ箱につっこんだ。翌朝、二日酔いの頭をかかえて署にいった。みんなが驚いた顔で見ている。警視正と面会して、現場にもどりたいというと、ブラウンはしばらく休暇をとったらどうかという。どうやら、「たったひとりで放火犯の元に乗りこんでいくなんて、状況判断ができていなかったということではないか」という話になっていて、審問が予定されているらしい。これをきいたフォールズは一瞬考えたのち、「ご心配なく、辞めますから」といって警察手帳を返し、ブラウンが後ろでどなるのをききながら出ていった。二〇分後、家に帰ったフォールズの横には新しいジンの瓶があった。
ブラントはアメリカに着くと、出迎えに来ていた警官に連れられてNY市警の取調室に案内された。そこでジョージーに面会した。ロバーツに報告の電話を入れると、フェントンが前妻とその夫を殺して消息を絶ったことをきく。一足遅かったのだ。ブラントは二日ほど米国ですごし、ジョージーを英国へ護送することになった。手錠をかけられ鎖につながれたジョージーをつれて空港にむかい、一般客より先に搭乗する。ふたりになると、ブラントはジョージーの手錠をはずしてやり、「ちょっとでも騒ぎを起こしたらその鼻をへし折るからな」といった。ジョージーは手首をさすりながらブラントをみつめ、「お礼にフェラしてもいいわ」といった。ブラントは思わず笑ってしまった。だが、なんだかジョージーがだんだんかわいくみえてきたのは我ながら驚きで、そんな妙な感情をうち消そうと、冷たく「警官殺しは刑務所で大歓迎してもらえる」といった。ジョージーはいった。「恐いわ。刑務所のことじゃなくて、飛ぶのが。離陸する間、手を握っていてもいい?」ブラントはまた笑ってしまった。ジョージーはしわくちゃになった五ドル札を出した。「せめて飲ませて」。もちろん、輸送中の犯罪者にはアルコールなど御法度だ。飛行機が離陸し始めると、ジョージーのひたいに汗がにじんだ。ブラントはそれをみて、手を握ってやった。キャビンクルーが来ると、コーラとラムをたのみ、ジョージーにラムコークを作ってやった。「ラムコーク、好きなの」とジョージー。機内で映画上映が始まった。「映画も好き」。
フェントンはステラとジャックを殺し、英国にもどらずメキシコにきていた。毎晩のように飲み歩いている。だがメキシコを襲った台風のせいで崩れた建物の下敷きになったフェントンは、救出が遅かったために両足を失うことになった。
ビルはヒットマン候補と面接していた。たいていは有名になりたがってる若造たちだ。ビルはその中で有望そうなコリーという若者を見こんで、これ以上ブラントがつっかかってこないようにブラントを縮み上がらせろといった。ブラントを直接傷つけるのではなくて、たとえばブラントが大切にしているものを台無しにしたりして、精神的ダメージを与えろというのだ。フェントンが前任者だったが、失敗した。コリーはさっそく警官の出入りするパブをうろついてリサーチをし、ブラントが女を連れて帰国すると知った。それから警視庁の警部を装って署に電話をかけ、飛行機の時間と便名をつきとめた。コリーは銃を装備して司祭の扮装に身を包むと、空港に現れたブラントの隣のジョージーの胸に銃弾を撃ちこんだ。素早くその場を去り、タクシーの中でコリーは考えた。ブラントは上着でかくして恋人と手をつないでいたわけじゃなく、あの女は手錠をかけられた犯罪者だったのか?
ロバーツはまたブラウンに呼びつけられ、空港での大失態を責められた。それから辞めるというフォールズを引き留めるようにいわれた。黒人警官のフォールズが勤務中に怪我を負ったうえ辞職したとなると、ブラウンには都合が悪いのだ。ロバーツは空港からようやく解放されたブラントとパブで落ち合った。ブラントはアメリカみやげだと言ってちょっとくたびれた帽子をロバーツに差し出した。思いがけないプレゼントに、ロバーツはとまどいながらもうれしそうだ。ブラントはしげしげロバーツをみつめると、「どこか具合が悪いのか?」ときいた。ようやく自分を気づかってくれる人間に出会えたロバーツだったが、何もいわないことにし、フォールズが辞めたことを話した。ふたりはフォールズを訪ねることにした。
フォールズの家に着くと、鉄パイプをもった十四歳そこそこのスキンヘッド男が中にいた。ブラントがとっちめると、スキンヘッドは「ここのお姉さんに小銭をもらったことがあったんだ。で、なんか具合悪そうにしてたからおれが守ってあげてるんだ」。ロバーツが「そいつはご苦労だったな」といって金をやろうとすると、スキンヘッドは「金がほしくてやってるわけじゃない、あの人は、その、ダチみたいなもんだから」という。「それじゃ、なんか困ったことがあったらロバーツかブラントを訪ねろ、いいか?」とロバーツはいって、スキンヘッドを帰した。フォールズはバスタブの中で意識を失っていた。酒浸りになって、食べては吐くの繰り返しだった。ロバーツとブラントが交代で、二日間つきっきりで面倒をみてやった。食事をさせ、風呂に入れ、吐けば口をぬぐってやり、幻覚がみえたら抱きしめてやる。三日目にはフォールズも吐かずにものを食べられるようになった。辞めたから、と言うフォールズに、「ばか言うな、署で会おう、遅れんなよ」といってブラントは帰っていった。
空港での一件を耳にしたビルは、自分の雇い人がまたへまをしたと知った。ビルはチェルシーをつれて、ほとぼりが冷めるまで海外に出ることにした。コリーに電話をして話をきくと、コリーは空港からの帰りに使ったタクシーの運転手まで殺してしまったらしい。バカな失敗をしながらもあくまでビルに忠実なコリーは「いわれたことはなんでもやりますから、指示を出して下さい」という。「わかった。じゃあ家から出ずにそこいろ」とビルはいった。その後、ブラントの家のドアの下に消印のない封筒がさしこまれた。「空港での狙撃犯の住所は以下の通り」とコリーの家の住所を書いた紙が中に入っていた。ブラントはフォールズに電話すると、「手柄をあげたいか?」ときいた。
メキシコの精神病院では下半身を失った男の患者が入っていた。男はときどき何かつぶやいている。「ステラ」という女の名前だった。
【感想】
三部作の二巻目、依然、一巻で登場した連続殺人犯「アンパイア」を追っているはずだが、そちらの事件はまったく進展せず、アンパイアもなりを潜めている。唯一、Eギャングの生き残りだったフェントンの廃人同然の末路がこの巻で描かれている。本巻では主人公ブラントが現場を離れることもあり、事件の展開が一旦据え置きになって、事件に関わった人物の内面を掘り下げた外伝という印象だ。とりわけ、ロンドンの現場を離れたブラントが、故国アイルランドでパットと心温まるひとときを過ごしたり、アメリカへ飛んで、恨んでいたはずのジョージーに同情心を抱いてしまったりと、ブラントには不器用ながらもやさしい側面のあることが描かれている。また、この作者の小説では、悪党役のキャラクターたちはいかれ切ったろくでなしとして描かれることが多いなか、この巻ではそうならざるを得ないようなハードな世界の現実と、一旦悪循環にはまってしまった者の哀れさ悲しさが描かれているように思える。いかれているようでいて、妻を愛していて、その子どもがほしかったがゆえにステラを許せなかったフェントン。ドラッグ漬けの物乞い生活ですっかりすさんでしまってはいるものの、まだかわいいところもかすかに残っているジョージー。ビルがダウン症児の娘チェルシーに注ぐ視線の優しさ。さらに、悪党を追う側とはいえ、同じ世界に身をさらす警官たちの現実も過酷だ。ロバーツは、妻との関係は冷め切り、娘との関係も希薄、家庭はほとんど崩壊寸前。フォールズは仕事のせいでプライベートまでボロボロ、そしてそれが警察官の日常なのだ。だが、そうした重苦しいものを描きつつも作者は笑いを挿入するのを決して忘れない。もちろん、痛みを伴った苦い笑いだが、そうした笑いによって、この警官たちはどうにかして現実を生きている。ブラントに体現される、警官の世界の皮肉なユーモアと痛快なほどの辛辣さはこの巻でも健在だが、そうしたタフな現実を生き抜いていながらも、それぞれのキャラクターが失っていないあたたかみとユーモアのエッセンスがこの巻の見所となる。悪党たちの描写にしても、本巻では切なさと哀感に満ちている。絶え間ない喪失の痛み、哀しみ、やりきれなさと、たしかに存在するかすかなあたたかみが、Bruenを読む醍醐味のひとつであることは疑いない。
last updated 2006/8/30