『世界で読み継がれる子どもの本100』

(コリン・ソルター著 原書房 2020.10)

 

 原書房の編集さんから、『世界で読み継がれる子どもの本100』の翻訳を依頼されたとき、これはぼくひとりではどうしようもないので、いま開いている翻訳講座のメンバーに共訳を頼もうと思い、希望者を募ったところ、怖いもの知らずの7人が参加してくれました。

 安納令奈さん、池本尚美さん、市村かほさん、佐々木早苗さん、笹山裕子さん、中西史子さん、中野眞由美さんです。

 とりまとめ役は安納さんで、ぼくはみんなが互いにチェックして手直ししてあがってきた原稿を再チェックするという、じつに楽な役だったのですが、いざつきあわせを始めてびっくりしました。みんな、とてもよく調べてくれていて、翻訳そのものにはそれほど関係ないことに関する資料まであたってくれていたのです。そしてそれが細かく、注になって入っていたり、「申し送り」としてはさまれていたり。その注や申し送りを読むだけで、とても楽しく、全体のチェックが終わる頃には、これをこのまま闇のなかに葬り去るのはもったいないような気がしてきました。

 そこで、その抜粋集を作ってもらって、まとめてみました。翻訳に興味のある人にも、ない人にも、きっとおもしろいと思います。

 ある意味、児童文学トリビア集成でもあり、こんなことはここをあたれという指南書でもあり、また、作者もたまに間違えてるじゃん、という、当然といえば当然の事実の確認にもなるはずです。

訳文に添えた申し送り集(抜粋)(PDF/全67ページ)
※訳文は、ゲラになる前のものであるため、完本の訳文とは差異があります。

 

 作者といえば、コリン・ソルターさんにいくつか質問のメールを出したところ、すぐに返事がきました。それもとてもていねいな内容で、訳者一同、驚いてしまいました。それもそのままにしておくのはもったいなく、あわせて載せておきます。もちろん、許可はいただいています。

 本書(原書でも日本語版でも)を右手に、この資料を左手に読んでいくと、思いがけない発見があるかもしれません。

作者Q&A(PDF/全12ページ)

 

 それから、翻訳に協力してくださった方たちに、訳してみての感想を書いてもらいました。これがまた、面白い。この下にひとつずつ、紹介していきます。

●池本尚美さん

『世界で読み継がれる子どもの本100』下訳作業を振り返って

池本 尚美

 2020年3月初旬、『世界で読み継がれる子どもの本100』の原書PDFが届いた。カラフルな表紙がならぶ原書をみたとたん、胸が弾む。目次を眺めていると担当したい作品がいくつもある。でもきっと、まとめて1~15番目の作品はだれだれ、16~30番目の作品はだれだれ、という決め方なのだろうなあ……と思っていた。ところがなんと、ひとり2作品ずつ順番に選んでいいという。さらに驚いたことに、今回のプロジェクトの取りまとめ役をしてくださったAさんの発案で、選ぶ順番は住所のあいうえお順ということに。A区に住んでるわたしはなんと1番目! わあ、どれにしよう? あれこれ目移りしてなかなか決まらないが、あとがつかえるのでなるべく早く選ばなければならない。さんざん迷ったあげく、大好きなロアルド・ダールの『チョコレート工場の秘密』と、娘との思い出がたくさんつまった『はらぺこ あおむし』を選択。「ダールの作品を選びたかった人はほかにもいただろう。ごめんね」と思いながら、次の人にバトンタッチ。下訳メンバー7人で、担当作品を順々に選んでいく。「やったあ、まだあの作品が残ってた!」「ああ、あの作品は選ばれてしまった……」と喜んだり残念がったりを繰り返し、無事に100作品が振り分けられた。メンバーの選ぶ作品にそれぞれの個性が表れ、とても楽しい振り分け作業だった。

 さて、いよいよ下訳作業開始! 担当作品はぜんぶで16。とりあえず『はらぺこ あおむし』からやってみるか、と、もりひさしさんの訳書を手もとに置きながら訳しはじめる。ところが『はらぺこ あおむし』のほかに、エリック・カールの作品がいくつも紹介されている。たとえば原文に従い「『だんまり こおろぎ』には、こおろぎの鳴き声がきこえるしかけが、『さびしがりやの ほたる』には、ホタルのお尻が光るしかけがある」と訳したが、じっさいに絵本をみてたしかめてみないと不安になる。万が一、ちがっていたらどうする? エリック・カールは超有名だし、ちがってたら苦情がきちゃうかもしれないし……。すぐさま図書館のホームページで絵本を予約。作品のほかにも、著者の伝記などを読まないとわからないなあ、という箇所がいくつも出てきて、担当した16作品ぜんぶで図書館から借りた本は50冊を超え、もともと持っていた本、購入した本を合わせると、目を通した本は70冊を超えた。

 この図書館で本を借りるのが、なかなかスリリングだった。2月頃から騒がれ出したコロナの影響で、地域によっては図書館が閉鎖されるところが出てきたのだ。幸い、わたしの住んでる区や周辺の区は予約した本の貸し出しだけはしてくれていた。図書館がいつ閉鎖されるかわからず、毎日はらはらどきどきしていたが、4月7日に出た緊急事態宣言に合わせて図書館が閉鎖される前日に、借りたかった本はほぼぜんぶ借りられた。滑りこみセーフ! 図書館業務が縮小されたことで、予約した本がすぐに回送されるのも助かった。原文に出てくる人名の発音を、3つの大使館にメールで問い合わせたのだが、こちらも業務縮小のせいかどうかはわからないが、問い合わせて数時間後にはご丁寧に回答をいただけて、とてもありがたかった。

 ほかに下訳作業でたいへんだったのは、原文で紹介されている作品名の表記だ。国立国会図書館のサイトなどで調べて邦訳書が見つかれば邦題だけの表記でいいのだが、見つからない場合は、『英語の題名 下訳者の考えた日本語の題名』と指示が出ていた。この日本語の題名というのが、最低でもその作品のあらすじくらいは読まないとつけられない。絵本の場合は、YouTubeで原書を朗読している動画がかなりの確率で見つかったので、それで内容を確認してから題名を考えた。動画が見つかるたび、「YouTubeにアップしてくれてありがとう!!」と何度心の中で(ときには声に出して)お礼をいったかわからない。そんなこんなで、調べものがとても多く、英語の分量はさほど多くないのに訳出作業に想像していた以上に時間がかかった。

 下訳メンバーの同じチームの方と訳文をチェックし合い、修正したあと、金原先生に提出。赤を入れていただいた訳文がもどってくる。赤を訳文に反映しながら、「なるほど、こう訳せばいいのか」とか、自分の訳文のくせなどもわかってとても勉強になる。そして、『世界で読み継がれる子どもの本100』の最後の作品、パトリック・ネス作『怪物はささやく』 の赤入れをチェック。この作品には原書の引用が数行あった。最初は池田真紀子さんの訳を使わせていただいていたのだが、下訳作業もほぼ終わった頃に版元から「既訳は使わないように」と指示が出た。「えっ、いまさらそんなこといわれても」と焦って訳し直したが、池田訳にかなり引きずられた訳になっている。われながらこの訳ではだめだな、と思い「すみません、あとはお願いします」という気持ちでその旨、金原先生に申し伝えてあった。いよいよその該当箇所にくる。そこには、わたしが思いもつかなかったような訳が赤で書いてあった。「かっこいい……」なんとなく、池田真紀子VS.金原瑞人の対決をみているような気分になった。こんな豪華な訳文対決をみられるのも下訳をがんばった特権だろう、と幸せをかみしめた。

 今回、下訳をさせていただいたおかげで勉強になったことがたくさんあった。アンデルセンがチャールズ・ディケンズと交流があったと知って「へえ」と思ったし、アルベール・ラモリスの『赤い風船』と出合い、映画を観られたのもよかった。『怪物はささやく』は訳書を読み終えたあと感動して、しばらく現実の世界にもどれないくらいだった。映画もアマゾンプライムで観たし、翻訳講座の仲間のYさんに教えていただき、期間限定でYouTubeで無料公開していた英語の舞台も観た。また、調べものをしていて、おもしろいことをいくつも発見した。その中でとくに印象に残ったものを3つ挙げる。

1 子どもの頃、『ピーター・パンとウェンディ』(石井桃子訳、福音館書店)を読み、ピーターは指ぬきのことをキスだと思っているので、なんでだろう、とずっと疑問に思っていたのだが、今回『ケンジントン公園のピーター・パン』(南條竹則訳、光文社古典新訳文庫)を読み、長い年月を経てようやくその謎が解けた。

2 ロアルド・ダールの子ども向けの作品の中ではThe BFGがいちばん好きなのだが、『ダールさんてどんな人?』(クリス・ポーリング著、灰島かり訳、評論社)を読み、ダール本人もこの作品がいちばんいいと思っているとわかり、うれしかった。今回、ダールに関する本をいくつか読んで、ますますダールのことが好きになった。

3 『奇才ヘンリー・シュガーの物語』(ロアルド・ダール著、山本容子絵〈絵〉、柳瀬尚紀〈訳〉)の訳者あとがきの、山本容子さんと柳瀬尚紀さんの対談で、ダールの作品には欠かせないクェンティン・ブレイクの絵について、思わずうなってしまうような発言がのっていた。以下柳瀬さんの発言の抜粋。

 クェンティン・ブレイクの絵は、すごくうまいよね。うまいのはぼくもわかる、そしてすべての読者がわかる。容子さんも、クェンティン・ブレイクはうまいと言ってた。それでクェンティン・ブレイクの絵はどういうふうにうまいのって、ぼくが聞いたとき、容子さんはたちどころに答えてくれた。「筋肉をほぐすような感じ」って。「文章のぎっしり詰まった本を、ほぐして楽にしてあげる」んだって。

 あれにはうなった。ぼく、ほんとに声をあげたよね。ほんとに感心した。やはりプロの見る目は違うと、つくづく感服した。「ロアルド・ダール・コレクション」の全読者にFAXで届けようかと思った。

 

 ダールの文章を読んで、ブレイクの絵を見て、なんとなく感じていたことを、山本さんがずばりと言葉に言い表してくれていて、これを読んだとき、わたしも思わず「あっ」と声が出た。柳瀬さんが全読者に伝えたいと思った気持ちがよくわかった。こんなおもしろいことと出合えたのも、下訳作業で得られた財産だ。

 ゲラのチェックは取りまとめ役のAさんのお力のおかげで無事に終えることができた。Aさんには、全下訳者の訳文100作品分のワードファイル100本を1番目から順番にコピペして100までならべて1本にし、版元に提出するという、想像しただけで気が遠くなる作業もしていただいた。今回のプロジェクトの取りまとめのために生じた心労のせいで、Aさんの寿命が縮んだのではないかと心配になるほどだ。またNさんが共有ファイルを作成してくれたおかげで、下訳者同士の訳文チェックやゲラのチェックがとてもスムーズにすすんだ。おふたりにこの場を借りてお礼を申しあげたい。

 そして、金原先生、このような機会を与えていただき、ほんとうにありがとうございました。感謝の気持ちでいっぱいです。

 何か月後か、何年後かはわからないが、いつか下訳をしたメンバーと、オンラインではなく、じかに会って苦労話&楽しい思い出を語り合えますようにと祈りつつ。

 

●市村かほさん

このプロジェクトが本格的に始まったのは、ちょうど日本でも新型コロナウイルスの感染拡大が深刻になり始めたころだったと思います。外出自粛が続き、図書館がどこも休館になるなかで今回の翻訳に挑みました(あらためて、図書館のありがたみを痛感……)。苦労話ではないかもしれませんが、せっかくなので、翻訳の際にわたしが頭を悩ませた言葉と、おもわずにっこりしてしまった筆者コリン・ソルターさんのエピソードを少し紹介します。

わたしが今回翻訳をしていて、最後まで気になって仕方がなかったのが、『The Complete Nonsense of Edward Lear』の章で言及されている、“runcible”という言葉でした。これはイギリスの詩人エドワード・リア(1812–1888)の造語で、“runcible spoon”といえば先っぽがフォークのように尖ったスプーンのことを指します。日本では先割れスプーンと呼ばれていて「給食でおなじみのあのスプーン」といえばイメージがつくかもしれません。筆者のソルターさんは“runcible”について、このスプーンを表すのにぴったりな“satisfying word”だといっています。

ただ、リア自身はこれをはっきりとした意味を持たない言葉として使っていたようで、語源も諸説あるようです。この言葉はリアのお気に入りの造語としてたびたび登場し、“runcible cat”や“runcible hat”など、spoon以外ともいっしょに使われています。気になったのは、なぜ先割れスプーンを表すのにこの言葉がぴったりだと(英語圏で)思われているのか。あれこれ調べてみても、私にはいまいちピンとこなかったのです。この言葉が、スプーンのギザギザを思い起こさせるからなのか(リアの『ナンセンスの絵本』などを翻訳された柳瀬尚紀氏によると、“runcinate”(タンポポの葉のように葉先と逆向きにギザギザがある)という植物学用語の語尾に、形容詞を作る“ble”をくっつけた造語ではないかとのこと)? それとも、別の理由があるのか? ありがたいことに、ソルターさんに質問する機会をいただいたので、なぜ“satisfying word”なのか思い切ってきいてみると、こんな回答がありました(一部抜粋)。

I really don’t know why, but “runcible” evokes gravy in a soup spoon! And it sounds so good in combination with “spoon” – the soft c and the s, the b and the soft p. (なぜかはわかりませんが、“runcible”という言葉をきくと、スープスプーンですくったグレイビーソースを思い浮かべてしまうんです! それに、この言葉は“spoon”と相性バッチリにきこえます――やわらかい“c”の音と“s”の音、“b”の音とやわらかい“p”の音が相性抜群なのです。)

 

この質問にこんなに丁寧に回答してくださったことに、まずは感激。「!」から、ソルターさんのお茶目さも伝わってきます。優しい表情をしたソルターさんが、グレイビーソースを思い浮かべながらこの文章をかいている姿を勝手に想像して、自然と笑顔になってしまいました。(それ以来、この言葉のことを考えるたびによだれがでてきます。)たしかに、あらためて発音してみると心地の良い言葉で、声に出すだけで楽しくなってきます。

持病で家にこもることの多かったというリア。その分、言葉においては、既存の枠にとらわれることなく、自由をめいっぱい楽しんでいたようです。新型コロナウイルスの影響により、さまざまな不安や制限があるなかで、この本を翻訳させていただけてとても幸運だったと思います。いつもと違う状況で大変なこともありましたが、子どもの本の世界や言葉の世界に思いをめぐらせるのは、家にいながらにしていろんな場所を冒険しているようで、とてもわくわくする作業でした。

※柳瀬尚紀氏の説については、下記の訳者あとがきを参照。

エドワード・リア=文 柳瀬尚紀=訳 ロバート・イングペン=絵 『リアさんって人、とっても愉快! エドワード・リア ナンセンス詩(ソング)の世界』 西村書店、2012

 

●佐々木早苗さん

<翻訳時の苦労話>

 コロナウィルスのせいで図書館が休館になる前に、一部の資料を集めるのは何とか間に合いました。ただ、作品が古ければ古いほど、著者に関することなどネットを含めいわれていることに違いがあり、その判断に少し困りました。全体としては、小さいころから好きだった物語や、今までまったく知らなかった物語など、児童文学の名作といわれるこれほど多くの作品に触れることができて楽しい翻訳作業でした。また、信頼のおけるみなさんとの作業は勉強になり、とてもいい経験になりました。

 

●笹山裕子さん

『世界で読み継がれる子どもの本100』の特徴は、それぞれの作品の解説が、書影も含めてきっちり3ページにまとめられていることです。それも作品のあらすじや作者の紹介にとどまらず、時代背景や文学史における意味、作者の生涯や交友関係など、多岐にわたる情報が実質2ページ弱にぎゅっと詰めこまれています。そのため、短い記述の中にさまざまな事実や背景が反映されていて、ふと疑問や興味を抱いて調べているうちに、どんどん時間が経ってしまうこともありました。

 たとえば、わたしが担当した『若草物語』の解説に、作者ルイザ・メイ・オルコットの父の「general attitude to women」が、オルコット家の母と娘たちの女同士の絆を強めたという説明がありました。さらりと書かれていますが、いったいどのような態度だったのでしょうか。男尊女卑で封建的な父親だったのでしょうか。インターネットで調べてみると、エイモス・ブロンソン・オルコット氏は思想家・教育者で、人間の魂や対話を重視する新しい教育方法を取り入れようとしていたことが分かりました。女性の権利向上を主張していたと書いてあるウェブサイトまでありました。折しも新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、書店も図書館も閉まり、ネット書店からも本が届きにくい時期でしたので、あれこれ本を読み比べ、調べるわけにいきませんでしたが、たまたま近くの図書館でオルコットの評伝『ルイザ 若草物語を生きたひと』(ノーマ・ジョンストン著/谷口由美子訳/東洋書林)を借りることができました。そして父親のオルコット氏が情熱的な理想主義者で、自分が理想とする学校を創ろうとしては失敗し、そのため家族が非常に貧しい生活をしていたことが分かりました。権威主義的な父親というより、自分の理想に一途なあまり、家族を巻き添えにしていたという印象を持ちました。そこで「general attitude to women」には「家族への配慮も足りなかった」という訳をあてることにしました。ちなみにこの評伝、著者が物語作家なので読みやすく、しかも一家と思想家エマソンとの交流なども詳しく書かれていて、とてもおもしろかったです。

 後日、ありがたいことに、著者のコリン・ソルターさんに直接質問する機会があり、この記述についてたずねたところ、「general neglect of his wife and daughters」と表現したほうが正確でしたねとお返事をいただきました。ソルターさんは質問にすぐに、しかも丁寧に答えてくださって、誠実なお人柄を感じました。

笹山裕子

 

●中西史子さん

『世界で読み継がれる子どもの本100』の下訳がはじまったのは3月ごろでした。コロナが流行しはじめ、図書館も閉館してしまい、資料集めに苦労しました。6月に入って、国立国会図書館の抽選予約に当選したときはとても嬉しかったです。ほかにも、国際子ども図書館にも行きました。『世界で読み継がれる子どもの本100』には、すでに廃刊になっていて、入手困難な本もたくさん紹介されています(ぜひ、復刊してほしい名作ばかりですが…)。とはいえ、一度作品に目を通さなければ訳せない箇所がたくさんあったので、国際子ども図書館には非常に助けられました。

下訳工程は調べものが多く大変でしたが、多くの作品と出会うことができました。たったひとことだけ触れられているような作品がなぜか気になってしまい、実際に最後まで読まずにはいられなくなりました。寄り道の多い下訳作業を終えて、お気に入りの作品がたくさん増えましたので、いくつかご紹介したいと思います。

 まずは、アンソニー・ホロヴィッツの『ストームブレイカー』(竜村風也訳、集英社文庫、2007年)。14歳にして、家族を失った少年がスパイとなって、英国最大の危機に挑むアクション小説です。邦訳の挿絵は『ジョジョの奇妙な冒険』の荒木飛呂彦さんとなんとも豪華。映画『ベイブ』の原作者ディック・キング・スミスの『歌うネズミウルフ』(三原泉訳、偕成社、2002年)もおすすめです。生まれながらに音楽の才能に恵まれた、歌うたいの子ネズミ、ウルフのかわいらしく心あたたまるストーリー。それから私が担当したトーベ・ヤンソンの章で、筆者について調べているうちに出会った『島暮らしの記録』も素晴らしかった。こちらは実際に筆者が無人島で暮らした日々を詩的に記録した作品です。島で暮らす放浪ネコにも癒されました…。

と、きりがないので、このへんでやめておきます。みなさんも『世界で読み継がれる子どもの本100』をパラパラと10分でも眺めれば、読みたい本がどんどん見つかるはずです。すでに読んだことのある作品であれば、より深く作品を楽しめるようになると思います。

今回の下訳は7人で分担し(私は16章分を担当)、さらに7人を3つのチームに分けて、下訳のチェックをしました。もちろんそのあとに金原先生の上訳の工程が入ります。また原文の不明点を解決するため、金原瑞人先生のはからいで著者への質問の機会も作っていただきました。金原瑞人先生をはじめ、みなさまに助けられて楽しくお仕事させていただきました。本当にありがとうございました!

10月9日 中西史子

 

●中野眞由美さん

この翻訳の話をいただいたとき、犬ヶ島のメイキングブックのときのように、講座のみなさんと一緒にまた翻訳作業ができる! と、とてもうれしく思いました。ところが、いざ翻訳を始めようと思うと、犬ヶ島のとき以上に調べ物が多く、これはかなり大変そうだと気付きました。図書館で必要な資料を予約したものの、そのタイミングでコロナの影響で図書館がしまり、どうしたものかと……。こちら(大阪)では、緊急事態宣言直前のわずか2、3日だけ予約資料の受け取りができるようになり、その間になんとか入手できました。

翻訳をしているなかで私が一番興味深かったのは、『マイロのふしぎな冒険』です。著者のノートン・ジャスターは共感覚の持ち主で、言葉をきこえたままに理解するそうで、『マイロのふしぎな冒険』のなかでも楽しい言葉遊びがたくさんでてきます。たとえば、主人公のマイロの体が突然浮かび、〈結論〉という島にたどり着くのですが、〈結論〉には飛びつくことでしかたどり着けないとか、「この馬車はどうやって動くの?」とマイロが聞く、「しっ、静かに。It goes without sayingなんだから」といわれるところは、なるほど、と思いました。(It goes without saying「言うまでもない、当然だ」という成句ですが、そのままの意味でとるとsayingがないとgoする=黙っていれば動くになります)。訳者の斉藤健一さんはさぞかし頭を悩まされたのではないかと思うところが随所にありました。ほかにも、この本の挿画を描いたジュールズ・ファイファーとジャスターは近所に住んでいて仲が良く、お互いを出し抜こうとしていたというエピソードもおもしろかったです。〈ゆずりあいの三悪魔〉の描写「いっぴきは背が高くやせていて、もういっぴきは背が低く太っていて、もういっぴきはほかのにひきのどちらともそっくり」というのは、絵に描けないものを書いてやろうとしたのだとか。こんな遊び心満載の本に子どものころに出会っていれば、大好きな一冊になっただろうなと思いました。

大変なことも多かったですが、好きな作品を選ばせていただけので、非常に楽しく翻訳作業ができました。

最後のほうは自分の仕事の締め切りとおもいっきりかぶり、みなさんに余計なご負担をおかけして申し訳なかったのですが、この本を翻訳する機会を与えてくださった原書房の編集者さんと金原先生に心から感謝いたします。ありがとうございました。

中野眞由美

 

●安納令奈さん

「苦労話」は書けない

安納 令奈

「この本を翻訳中の苦労話を」と問われ、今年2月末からのことを振り返った。たしかに、たいへんなことが続いた。新型コロナウイルスがまたたく間に世界的なパンデミックになり、なにもかもが根こそぎ変わった。調べ物には欠かせない図書館などの施設もいっせいに使えなくなった。そのうち、外出自粛令もでた。

 それでも、本書の翻訳や調べ物をしていたころのことを振り返ったときに、「苦労」という言葉は浮かばない。まず思い出すのは、ピアノの音。それも、ハスの葉の上に落ちた水滴が、透き通った丸々とした珠になり、皿のような葉からコロコロとこぼれ落ちていくような、ひとつひとつが澄んだ音。それをダイナミックに連打する、熱量のあるピアノの音のうねり。

 心にあるイメージはこうだ。そのころ繰り返しきいていたあのピアノの音色は透明な膜となり、横殴りの雨や風からわたしを守った。音の膜に包まれたわたしは「今、ここ」から抜け出し時空を超える。タイムトンネルの中は暗い。しかし、闇の先には淡い光がまたたく。そのひとつひとつが、物語だ。そうやって、ピアノの音が響き渡る闇のなかを物語から物語へと、星と星をつなぐようにわたしは突き進んだ。

 そのピアノの音とは何か。世界で活躍するジャズピアニスト、小曽根真さんの演奏する音楽だ。小曽根さんは緊急事態宣言がでた2日後、4月9日から毎晩約1時間、『Welcome to Our Living Room(我が家のリビングルームにようこそ)』というオンラインコンサートを鎌倉のご自宅からライブで無料公開していた。Facebookに登録していれば、だれでもきけた。今こそ、ミュージシャンとしてできることを――。そんなこころざしで始められたライブコンサートは、53日間続いた。

 あのころ、ラジオを(我が家にテレビはないがたぶん、テレビも)オンにすれば、必ずだれかがだれかを批判し、何かに怒っていた。きくに耐えなかった。すべての話題に「新型コロナウイルス感染症による」という枕詞がついた。毎晩9時ごろから始まる小曽根さんのライブコンサートは、そういった現実とは別次元にあった。世の中への文句や不満など、いっさいいわない。今日も無事に1日が終わろうとしていることを喜び、感謝をこめ、友人をもてなすようにくつろいだ表情で、楽しそうに演奏を始める。吹き抜けになったリビングルーム。窓の外で大木の影が揺れ、飼っている猫たちがときおり、画面を横切る。この時間だけは、不安を忘れた。このライブコンサートは、たちまちわたしの生活の一部となった。

 以前から、小曽根さんのファンだ。オスカー・ピーターソンを幼少期に耳コピーして身につけた超絶テクニックを軽々と弾く、全身からあふれでるような音の洪水に魅せられていた。ところが今回ライブをきき続け、驚いたのは、すぐに弾けるレパートリーの幅広さだ。小曽根さんがグランドピアノの前に座り、奥様で女優の神野三鈴(かんの・みすず)さんがリアルタイムにFacebookに寄せられる投稿を読みあげ、次の曲を決める。小曽根さんは、ほとんどの曲をその場で弾けた。ジャズはもちろん、ラフマニノフやショパンのようなクラッシックから、コール・ポーター、アントニオ・カルロス・ジョビンのようなスタンダードまで。マイケル・ジャクソンや、アース・ウインド・アンド・ファイアーなどポップスも押さえていたし、『ドラえもん』、『リンゴ追分』、『涙(なだ)そうそう』といった日本の楽曲まで、にこやかにリクエストに応えた。弾きこんでいない曲は「宿題」にして、後日演奏した。この状況で日々ほがらかに、極上のライブ演奏を続けようとする静かな覚悟。奇跡の1時間を支える練習量を想った。

 視聴者数は、たちまち増えた。やがて世界中の人がアクセスするようになり(小曽根さんはライブ中、英語と日本語で話した)、リクエストがどんどん届いた。やがて5月の終わりに緊急事態宣言が解除されると、このライブシリーズはいったん終了することになった。最終日には視聴者にサプライズが待っていた。いつものようにアクセスすると、そこはいつもの鎌倉のリビングルームではなかった。渋谷にある、オーチャードホールだった。当時、すべての公演を中止していたこのホールを無観客貸し切りにしての、ライブ中継となったのだ。その晩、アクセスしたのは1万7千人。これは、オーチャードホールそのものが、8回は埋まる人数だ。このライブシリーズの初期のころの視聴者はたしか、数百人だった。鳥肌が立った。(※このライブシリーズの動画は現在、閲覧できなくなっている)

 音楽という形のないものが希望となり、明日への力となる。なんて素敵なことだろう。ならばわたしも、形のない「言葉」で自分の役割をまっとうしようと思った。「翻訳」というささやかな持ち場を守る。新型コロナウイルスになんか邪魔されない、と。

 わたしはライブも、アーカイブ動画も繰り返し再生した。机に向かい、翻訳する間もずっと。ピアノの音に包まれたタイムトンネルにもぐり、子どものころに親しんだ、懐かしい物語を次々に訪ねた。ウイルスの感染拡大状況なんて、もう、土砂降りの日にきこえる外のノイズでしかない(と思うことにした)。トンネルの奥で懐中時計を持ったウサギを追いかけて穴に落ち、「グリーンゲイブルズ」で腹心の友に出会い、「秘密の花園」への扉を探し当てた。宝の地図に胸躍らせ、遠くの星にいる「バラの花」を想った。ひとつひとつの本がどうやって、手元に届いたのかも思い出した。暗闇のなかで、さまざまな成長過程の自分にも再会した。味方がだれもいないように思え、うずくまるしかないときも、音楽と物語が希望をくれていた。ピアノの音が鳴り続け、訪ねるべき物語がゆくてにある限り、怖くない。

 「夢と希望」。あまりにも使い古され、照れくさい言葉だけれど、これがあれば、なんとかなる。明日の夢がある限り、人は前に進める。

 とうの昔に亡くなった本好きの祖父が、そして母が与えてくれた物語たちを、こんどはわたしがだれかに届ける番になった。なんとか生き延び、そんな役割が巡ってきた――そう思えるとき、世の中がどんな状況でも、至福でしかなかった。だから、わたしには「苦労話」は書けない。